2020年9月3日木曜日

敗れてもなお

 https://www.sponichi.co.jp/battle/news/2020/09/01/kiji/20200901s00021000237000c.html

スポニチ 2020年9月1日 14:55 

“激闘王”元3階級制覇王者・八重樫が引退表明


 プロボクシングの元世界3階級制覇王者・八重樫東(37=大橋)が1日、横浜市内の大橋ジムからオンラインで記者会見を開き、現役引退を表明した。「引退することを決めました。ボクシングには、感謝してもしきれない思いでいっぱい」と話した。プロ通算35戦28勝(16KO)7敗。

 昨年12月23日、横浜アリーナで行われたIBF世界フライ級タイトルマッチで王者モルティ・ムザラネ(南アフリカ)に9回TKO負けしたのが最後の試合となった。中盤から得意の打ち合いに持ち込んだが、距離の長いワンツーと左ボディーを効かされ、打たれっぱなしとなってレフェリーストップ。「進退も考えなきゃいけない実感もある」と話していた。大橋ジムの大橋秀行会長から「もういいのではないか」と引退を勧められ、「体力の限界を感じたわけではないが、受け入れた」と明かした。

 WBA(世界ボクシング協会)でミニマム級、WBC(世界ボクシング評議会)でフライ級、IBF(国際ボクシング連盟)でライトフライ級と主要3団体で3階級制覇を達成。王座決定戦ではなく、いずれも王者を撃破してベルトを奪った。本来はスピードとテクニックが持ち味ながら、試合後に顔が別人のようにはれ上がるほど打ち合いを演じ、「激闘王」と呼ばれた。ミニマム級時代に当時のWBC王者・井岡一翔(当時井岡)との統一戦に臨んだり、フライ級時代には軽量級で無敵の強さを誇ったローマン・ゴンサレス(ニカラグア、帝拳)の挑戦を受けるなど、敗戦のリスクも恐れずに戦い抜いた。

 今後は大橋ジムでトレーナー、テレビ解説者やタレントを務めるほか、パーソナルトレーナー業もスタート。“激闘王”というニックネームについては「大好きです。激闘王という言葉はこれからも宝物になっていく」と語り、1男2女の父として「ロマゴン戦は“子どもたちのためにも生きて帰る”と。あのような試合ができたのは子どもたちの力」と涙ぐんだ。…


https://www.sponichi.co.jp/battle/news/2020/09/02/kiji/20200902s00021000049000c.html

スポニチ 2020年9月2日 05:30

“激闘王”八重樫、引退…37歳「限界感じていない」も勧告受け入れ 今後はマルチに活動

 ボクシングの元世界3階級制覇王者、八重樫東(37=大橋)が1日、オンラインで記者会見し、現役引退を表明した。昨年12月にIBF世界フライ級王者モルティ・ムザラネ(南アフリカ)に9回TKO負けしたのが最後の試合となった。プロ通算35戦28勝(16KO)7敗。今後は大橋ジムでトレーナーを務めるほか、解説者やタレント、パーソナルトレーナーとマルチに活動していく。

 04年9月1日、大橋ジムに入門した八重樫は16年後の同じ日、プロ生活に終止符を打った。大橋秀行会長から“引退勧告”されたのは今年2月25日。「体力の限界を感じたわけではなく、やれと言われれば全然やれる」自信はあったが、会長の「もういいんじゃないか」の言葉を受け入れて引退を決意。「悔いはないです」。新型コロナウイルス感染拡大の影響でタイミングを逃し、この日の発表となった。

 貪欲に取り組んだ豊富な練習が不屈の男の支えだった。世界3階級制覇という偉業を達成する一方で、井岡一翔やローマン・ゴンサレスと死闘を演じ、世界戦だけで6敗を経験。「困難を乗り越えようと思っていたわけではない。自分を信じていただけ。僕が誇れることは世界王者になったことではなく、負けても立ち上がってきたこと」と胸を張った。

 本来はスピードとテクニックが持ち味ながら試合後に顔が別人のように腫れ上がるほど打ち合った「激闘王」。穏やかな表情で会見に臨んだが、3人の子供の話題になると声を詰まらせ涙した。

 「ロマゴンと試合が決まった時も“こいつらのために生きて帰るんだ”と思って命を懸けて試合をして…負けましたけど、あんなファイトできたのは子供たち3人の力だと思っています」

 今後は自らの肉体を“実験台”として培ったトレーニング法や減量法など豊富な知識と経験を後輩に伝えていく。「自分にとってのボクシングは人生を豊かにしてくれたもの。これからもボクシングに関わり、恩返ししていきたい」と次の人生を思い描いた。

 ▼大橋秀行会長 とても中身の濃い15年間でした。3階級制覇したこともそうだけど、八重樫のボクシングに対する姿勢は後輩たちに大切なものを残してくれた。今後は第二の八重樫をどんどん送り出したい。

 《八重樫激闘VTR》

 ☆井岡と統一戦(12年6月20日、大阪府立体育会館)11年10月にWBA世界ミニマム級王座を獲得した八重樫は初防衛戦でWBC同級王者・井岡一翔と対戦。当時、日本に世界王者が8人存在していた背景もあって国内初の世界2団体王座統一戦が実現した。序盤から互角の戦いで試合途中で目を腫らしながらも打撃戦を演じたが、1~2点の小差で0―3の判定負けし、王座から陥落。

 ☆ロマゴンと壮絶撃ち合い(14年9月5日、国立代々木第2体育館)13年4月にWBC世界フライ級王座を獲得して4度目の防衛戦。V3戦のリングで「こんな僕ですけど、やってもいいですか?」と当時39戦全勝で「軽量級最強」との呼び声も高かったローマン・ゴンサレスの挑戦を受けることを表明。ダウンを喫しプロ初のKO負けで王座を失ったが、“ロマゴン”との激しい打ち合いは敗れても称賛された。


https://www.sponichi.co.jp/battle/news/2020/09/02/kiji/20200902s00021000061000c.html

スポニチ 2020年9月2日 05:30

八重樫、引退表明 子供たちには「特に何も言ってないですね」

 ボクシングの元世界3階級制覇王者、八重樫東(37=大橋)が1日、オンラインで記者会見し、現役引退を表明した。

 【八重樫に聞く】

 ――一番印象に残っている試合は?

 「ローマン・ゴンサレス選手と試合をした時。あんなに楽しい試合はなかった」

 ――現役時代に後悔、やり残したことは?

 「悔いというものは必ずあるので言ったらキリがない。常に前を向いて今日より明日がいい日になればと思って進んでいるので後悔はないです」

 ――激闘王というニックネームについて

 「大好きです。これからも自分の宝物です」

 ――お子さんたちには引退を伝えたのか?

 「伝えてないです。特に何も言ってないですね。試合がないのはそういうことなんだろうって」

 ――一番つらかった時期は?

 「ケガが多かった時期。日本王者の頃ですね。ボクシングができないことが一番つらかった」

 ――4階級制覇への思いは?

 「もちろん希望はしていたが、そこまでは執着していなかった。現役を続ける理由として4階級制覇を掲げていたので、ここまでやれて十分です」


https://www.sponichi.co.jp/battle/news/2020/09/02/kiji/20200902s00021000029000c.html

スポニチ 2020年9月2日 05:30

凄み感じた八重樫の“徹底ぶり”――敗れてもなお称賛したくなる存在

 ボクシングの元世界3階級制覇王者、八重樫東(37=大橋)が1日、オンラインで記者会見し、現役引退を表明した。

 【記者フリートーク 元ボクシング担当・中出健太郎】勝負の世界、特に格闘界では「敗者には何もやるな」が鉄則だ。安易な同情は血のにじむ努力や命も危険にさらす覚悟を、むしろ踏みにじる。だが、八重樫は敗れてなお称賛したくなる存在だった。

 壮絶な打撃戦に持ち込み、勝っても負けても顔面はボコボコ。せっかく獲得した世界王座の初防衛戦でホープ井岡一翔との統一戦に臨み、世界中から恐れられたロマゴンの挑戦も受けた。その心意気以上に凄みを感じたのは、リングに上がるまでの戦略、体づくり、練習、コンディショニングの徹底ぶり。100%はないとばかりに常に工夫を考え、難しいと見れば切り替えて最善の手を探る。打撃戦もその選択肢の一つだ。忍耐や努力とは少し違う、心身ともに過程から最高の充実を追い求めた姿勢が激闘を生んだ。「ボクシングで人生が豊かになる」――。そんな人を見たら、魅了されるに決まっている。


https://www.sponichi.co.jp/battle/news/2020/09/02/kiji/20200902s00021000441000c.html

スポニチ 2020年9月2日 21:57

元世界3階級制覇王者・八重樫東さんが早くも“再始動” 会員制オンラインサロンをオープン

 現役引退を表明したプロボクシング元世界3階級制覇王者・八重樫東さん(37)が2日、会員制のオンラインサロンをオープンさせた。前日に引退会見を開いたばかりだが、プロ生活を常に全力で戦い抜いた“激闘王”は休む間もなく、第二の人生を走り出した。

 八重樫さんが立ち上げたのは現役時代のニックネームを冠した「激闘王 八重樫東オンラインサロン」(gekitoo.com)。八重樫さんの考えを共有するための記事、同じ時代を駆け抜けてきた選手との真剣勝負や対談、ボクシング技術のマニアック解説するオリジナル動画を配信するほか、会員との交流を目的としたイベントの開催を予定している。

 八重樫さんは「僕の信念でもある『健全な精神は健全な肉体に宿る』という考え方のもと、様々な角度から観たボクシングの素晴らしさや奥深さを1人でも多くの方にお伝えしたいと思っています。昔からボクシングが大好きな人も、最近ボクシングに興味を持った人も、みんなが一緒に楽しめるサロンを作っていきたいと思います」と抱負をつづっている。


https://www.sponichi.co.jp/battle/news/2020/09/01/kiji/20200901s00021000258000c.html

スポニチ 2020年9月1日 15:12

3階級制覇、井岡との統一戦、ロマゴン戦…八重樫激闘の跡

 現役引退を発表したプロボクシングの元世界3階級制覇王者・八重樫東(37=大橋)。プロ35戦のうち世界戦は14試合にのぼったが、小柄な体で果敢に打ち合う姿は勝っても負けてもファンを魅了した。

 ☆初挑戦

 ▽WBC世界ミニマム級タイトルマッチ(2007年6月4日 パシフィコ横浜)

 八重樫東(大橋) ●判定〇 王者 イーグル京和(角海老宝石)

 当時国内最速記録となるプロ7戦目で世界王座を狙ったが、0―3判定負け。2回にバッティングで顎を2カ所骨折していた。

 ☆世界初奪取

 ▽WBA世界ミニマム級タイトルマッチ(2011年10月24日 後楽園ホール)

 八重樫東(大橋) 〇10回TKO● 王者 ポンサワン・ポープラムック(タイ)

 2度目の世界挑戦で戴冠。前年に結婚して引退を勧められていたが、ファイターに変身して打ち合いを挑み、試合前に「逃げないで出てこい」と挑発した王者を破った。

 ☆井岡と統一戦

 ▽WBA・WBC世界ミニマム級王座統一戦((2012年6月20日 大阪府立体育会館)

WBC王者 八重樫東(大橋) ●判定〇 WBA王者 井岡一翔(井岡)

 国内初の世界2団体王座統一戦が実現。113―115、113―115、114―115の小差0―3判定負けで初防衛に失敗し、王座陥落。ホープ井岡を恐れず統一戦に挑み、顔をはらしながら序盤から打ち合った姿が称えられた。

 ☆2階級制覇

 ▽WBC世界フライ級タイトルマッチ(2013年4月8日 両国国技館)

 八重樫東(大橋) 〇判定● 王者 五十嵐俊幸(帝拳)

 2階級上のフライ級に転向し、再起2戦目で世界挑戦。11回に五十嵐をダウン寸前まで追い込むなど5、7、9点差の大差3―0判定勝ち。“飛び級”での2階級制覇に成功。

 ☆ロマゴンと激闘

 ▽WBC世界フライ級タイトルマッチ(2014年9月5日 代々木第2体育館)

 王者 八重樫東(大橋) ●9回TKO〇 ローマン・ゴンサレス(ニカラグア、帝拳)

 3度目の王座防衛成功のリングで「こんな僕ですけど、やってもいいですか?」と2階級制覇王者ゴンサレスの挑戦を受けることを表明。ダウンを奪われプロ初のKO負けで王座を失ったが、当時39戦全勝と無敵だった“ロマゴン”と激しく打ち合い、敗れても称賛された。

 ☆3階級制覇

 ▽IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ(2015年12月29日 有明コロシアム)

 八重樫東(大橋) 〇判定● 王者 ハビエル・メンドサ(メキシコ)

 階級を1つ落として三たび世界挑戦。14年12月にWBC世界ライトフライ級王座決定戦で7回KO負けし“限界”もささやかれたが、肉体改造に成功して6、10、13点差の大差3―0判定勝ち。日本男子3人目となる3階級制覇を達成した。


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