2017年3月6日月曜日

経験と駆け引き

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THE PAGE 2017.03.03 05:00
TKOでV12も山中慎介の“神の左”に不安? 具志堅記録に並ぶ次戦は試練か
WBC世界バンタム級王者、山中慎介(34、帝拳)が2日、両国国技館で同級6位のカルロス・カールソン(26、メキシコ)との12度目の防衛戦に望み、計5度のダウンを奪う展開で7回57秒にTKO勝利。元WBA世界ライトフライ級王者、具志堅用高氏が持つ13度の連続最多防衛記録に王手をかけた。12度防衛は、元WBA世界Sフェザー級王者、内山高志(37、ワタナベ)を抜いて歴代2位の記録だが、本来一発で仕留めるはずの“神の左”に見られた不安点と、“被弾する”ディフェンスのミスを経験でカバーする戦いとなった。
 リングサイドで観戦した女子レスリングの五輪3連覇、リオ五輪銀の吉田沙保里さんは「具志堅さんの記録を超えて!」と、秋に予定されているV13戦へエールを送ったが、V13戦の対戦相手には、22戦無敗で14KOを誇るメキシコ最強挑戦者、ルイス・ネリー(21)が有力視されていて37年ぶりに日本記録に並ぶ一戦は試練のリングとなりそうだ。
 力の差は歴然だった。
 世界初挑戦となるメキシカンは、前には出てくるが、怖いパンチも嫌らしいテクニックも持ち合わせてはいなかった。2ラウンドには、山中の左を浴びて、その左目は瞬時に腫れ上がって塞がった。もうフィニッシュは時間の問題に見えたが、山中の“神の左”と評される左ストレートに狂いが生じていた。カールソンの前進に戸惑いもあったのだろうが、上半身と下半身のバランスが悪くパンチが流れるケースが目立ったのである。

「序盤、体が浮ついてパンチに体重が乗っていないのがわかった」
 3ラウンドには、左のボディを効かしてカールソンは腰を折り曲げたが、詰めることができない。4ラウンドに右ジャブを散らしておき、5ラウンドにカウンターの左でひとつめのダウン。立ち上がったカールソンをロープにつめて2度目のダウンを奪ったが、「メキシコ人の魂がそうさせた」と、ゾンビのように蘇った挑戦者に、逆に不用意な左のカウンターを浴び、クリンチからの離れ際にも右をもらい、まさかの形勢逆転。クリンチで、なんとか逆襲から逃げ切るという緊急事態に陥ってしまったのである。
 だが、山中は「それは想定内だった」と反撃の嵐の中で冷静に“神の左”を修正していく。

「セコンドから、ジャブからという指示があり、やっとリズムが出てきた。徐々に修正していけた。それには経験があったと思う」
 これが11度防衛で身に着けた「経験」という名の強さなのだろう。
 6ラウンドにも、カールソンを左ストレートのダブルでキャンバスに這わせると、7ラウンドには、右から左ストレートのコンビネーションで、この試合4度目のダウン。「負けるわけにいかなかった」というカールソンは、また立ち上がってテンカウントを聞くことを激しく拒否した。
 だが、山中は、もう容赦なかった。コーナーに貼り付け、狙いすました左で、カールソンがストンと腰を落とすと、レフェリーはもうカウントすることなくTKOを宣言した。

「右が良かったから左につながったと思う」
 リングサイド。この日の前座カードで、夏に予定されているIBF世界Sバンタム級王者、小国以載(角海老)との世界戦に向けての前哨戦をKOで飾った岩佐亮佑(セレス)が言う。

「あのときの山中さんに比べて、経験と駆け引き。間違いなく、凄いレベルになっている」
 岩佐は、2011年3月、山中と日本バンタム級タイトル戦で拳を交えて11回TKO負けしていた。今なお、日本タイトル戦の歴代最高試合のひとつに数えられる名勝負だったが、その8か月後に、山中はクリスチャン・エスキベル(メキシコ)を倒してWBCの緑の世界ベルトを腰に巻き、以来6年間、タイトルを守り続けてきたのである。

 山中は「毎試合、プレッシャーは感じている。それがなければ、やっている意味がないというか、毎試合、期待に応えたいというプレッシャーが自分を強くしている。慣れてきているつもりだけど」と言った。

 霊長類最強の女子と称えられた吉田沙保里の姿もあった。
 リオ五輪の決勝で敗れるまで、公式戦206連勝、五輪V3を含めた世界大会V16を続けていた吉田沙保里も「負けられない」という同じプレッシャーを背負い続けていた。

「やりにくい相手だったように見えましたが、KOで勝ってかっこよかったです。勝ち続けることは、同時に相手に研究されます。山中さんなら左。私なら高速タックル。でも、その上をいくのがチャンピオンなんです。私のタックルにしても、感覚、本能で出るもので、人に教えれるものではないのですが、気持ちが強ければ勝つんだということを今日は見せてもらい、共感したものがありました。私もやる気になっています」
 
 元WBA世界Sフェザー級王者、内山高志(35、ワタナベ)はV12戦で敗れた。内山も山中と同様、記録を意識する発言を一度も口にしたことはなかったが、記録が途切れ、「勝っている間は、防衛回数など考えたこともなかったが、途切れてみるともったいなかったと思う。勝ち続けることで緊張感を保ち続けるのは、簡単なことではなかった」と、いかに具志堅氏が作ったV13が偉大な記録であるか、を語っていた。

 具志堅氏は、V13達成時に24歳だったが、山中は34歳。試合を積み重ねる度に肉体は大切な時間を削り取られていく。そして記録が近づくことに増すプレッシャー。今回、山中は、決してレベルの高くなかった挑戦者のパンチを何度も“被弾”し、そしてなにより、5度のダウンは派手だったが、反面、いくらタフと言えど、いつものように“神の左”の一撃で仕留めることができなかったという現実もある。
 試合後、メキシコの挑戦者は、「パワフルで経験値が違った。左ストレートは強く、クリンチもさせてもらえなかった。でも力の差はそれほどでもなかった。世界のビッグボクサーとは感じなかった。そこらへんの同じボクサーだった。経験が勝っていただけ」と、強がりを言った。
 もちろん話半分に聞く必要はあるが、この日の山中の“神の左”は、いつもの威力とは違った。さらに“打たれる”というミスも目立った。“被弾”については、アンセルモ・モレノ戦、リボリオ・ソリス戦でも見られたことだが、カールソンとはレベルが違う。ポジションニングなのか、反応なのか。カールソンレベルの反撃をフィニッシュの途中で受けたことが問題なのである。
 今回は試合前の調整段階から不調が伝わっていたが、モチベーションも含めたコンディション作りの失敗なのか、それとも本格派投手が150キロのストレートをいつまでも投げ続けることができないように年齢からくる衰えなのか。派手なKO劇の裏には見過ごせない不安も見え隠れしていた。
「完璧な左ではなかった。モチベーションを作るのか難しかったのかもしれないね。内山もそうだけど、山中もチャンピオンになったのが遅かったので、老けたなとも思うしね(笑)」

 本田会長も、冗談交じりに、そう感想を語った。
 陣営は、統一戦の実現交渉を続けているが、WBA王者のジェームス・マクドネル、IBF王者のリー・ハスキンスは、共にボクシング景気がいい英国の王者で国外に出ようとしない。ハスキンスは大森将平(ウォズ)の挑戦を日本で受ける予定だったが、相手が山中となるとファイトマネーを釣り上げて態度を硬化するという。

 WBO王者のマーロン・タパレスも、結局、先に大森の挑戦を受けた。
「サウスポーだと言うだけで敬遠されるし、山中の名前は、海外の方が通っている。交渉すると、“いつ上の階級に上げるんだ?”と聞かれる」と、本田会長も苦笑い。山中が、V13、V14を成功させた後、Sバンタムに階級を上げて王座が空くのをライバルたちは待っているのである。

 そういう事情の中、今回は、カールソンが勇敢に名乗り出てきたが、海外リングや統一戦などのビッグマッチを心待ちにしていた山中からすれば、V13戦の前の、この試合こそ“エアポケット”のように心・技・体を充実させるのが難しい試合だったのかもしれない。
 次は、いよいよ36年間、誰も破ることができなかった最多防衛記録に並ぶ歴史的なリングである。
 東京五輪への挑戦を表明している五輪3度金メダルの女子レスラーは「ぜひ若い人の目標になるためにも具志堅さんの記録を越えて欲しい。私のV16は、越えて欲しくはないが(笑)」と熱いエールを送った。

 だが、そのV13戦には大きな試練が立ち塞がる。
 山中が強すぎるゆえ、マッチメークが難航する中、次期対戦相手として有力なのが、メキシコの次世代ホープといわれるルイス・ネリーなのだ。実は、今回もオファーをかけたが、「指名挑戦まで待ちたい」と対戦を引き伸ばされた。近くランキング1位になると見られているKO率の高い若きサウスポーの強打者。“神の左”を当てる前に、カールソン戦のようなディフェンスの隙を見せると、危険極まわりない挑戦者である。
それでも山中は、「何度も言うけれど記録は意識していない。みなさんが期待して楽しんでもらえれば。結果はついてくる」と、持論を曲げない。
 振り返れば、V1戦から「一戦一戦、勝負」と、最強挑戦者を求め、2階級王者、統一王者のビッグ・ダルチニアン戦を実現して初防衛に成功したチャンピオンである。試練を乗り越えてV13を達成することが、先人、具志堅氏への最大のリスペクトであり、山中らしい歴史の1ページになるのかもしれない。

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