2017年1月19日木曜日

快勝劇の陰には

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ボクシング・マガジンのfacebook 1月19日 17:00
陰の功労者
 1ラウンド3分(女子は2分)、インターバル1分。これはプロボクシングの世界共通ルールで、ファンなら誰もが知っている当たり前のこと。で、観戦者の目は当然、戦っているボクサーに行ってしまうのだが、「試合」という括りでいけば、「インターバル」も試合の範疇のことだし、「セコンド」もボクサー同様に戦っているということになる。
 試合中のセコンドの声は多種多様。“名匠”のひとり、田中栄民トレーナー(現在発売中の2月号87ページで丸山幸一さんが書いています)は、ラウンド中にはまったく声を発さず、インターバルでもポイントを1点に絞って、ひと言ボソッと伝えるだけ。かと思えば、ず~~~っとダメ出しをしている人や、「行け行け!」と応援団化してしまっている人もいたり。
 海外のトップ選手の名前を暗号として使用しているジムもチラホラ。かつては「チャベス!」、「レナード!」、「タイソン!」なんてのが流行だったが、今では「ロマチェンコ!」、「パッキャオ!」、「ドネア!」なんていうのがよく聞かれる。ここにも時代の流れを感じさせられて、物思いに耽ってしまうこともある。
 また、アルファベットと数字を組み合わせた暗号を使用しているジムもある。これはこれで面白いのだが、「自分だったら覚えきれるか不安……」なんて、妙に緊張してしまったりもする(笑)。でも、この暗号を自分なりに解読しようと試みるのも、ボクシング観戦のひとつの楽しみ。たとえば、「パッキャオ!」だったら、「左回りからの左ストレートだな」とか、「B2!」だったら、「右ダブルだな」とか。。。正解かどうか定かではないが、「考える」、「楽しむ」のが大切なのだ。
 セコンドの指示は、相手の選手にもよく聞こえているようだ。だから、「ボディ!」なんて指示が飛ぶと、相手が反応してボディブローを打って、またそれが効いてしまうなんて面白いことも稀に起きる。かと思えば、とある策士のトレーナーは、「相手に聞こえることを見越して、試合前に選手と打ち合わせておいて、『ボディ!』と言ったら、違うのを打たせたりする」ということも……。
 いずれにしても、選手個人個人の特性、性格をいちばんよく知っているのはセコンド。だから、一概にどれが正しくて、どれが間違っているかなんて、おいそれとは言えない。でも、指示系統がハチャメチャなのだけは、よろしくない。セコンドの3人はおろか、ジムメイトまで含めて指示がバラバラでは、「ただの自己満足」と言われても仕方がない。会長の指示を全員で統一するのか、それともチーフトレーナーのアドバイスを徹底させるのか。いずれにしても、「指示を一本化する」ことこそが必須となる。
年末12月30日、有明コロシアム。予備カードも無事に終え、ホッと一息、すっかり脱力していたのが大橋ジムの佐久間史朗トレーナーだ。村田諒太(帝拳)の試合を除く、7試合中6試合でセコンドに就き、さらに4試合でチーフを務めた“凄腕”である。これには裏事情があった。
 1試合目の原隆二は、佐久間さんが指導している選手だが、2試合目の井上浩樹、3試合目の松本亮、4試合目の清水聡はいずれも松本好二トレーナーが抱える選手。さらに、その後の村田を挟んで再び松本さん指導の八重樫東が登場となると、松本さんは自分の選手たちのバンデージを巻き、相手方のバンデージチェックをしに行き、各選手のアップに付き合い……と、てんてこ舞い。だから当然、ずっと各選手のセコンドに付いているわけにはいかない──というわけで、「あれ? 松本さん、ずいぶん恰幅が良くなったなぁ」なんて、どこかのインターバル中に気づいたファンもいたでしょう。そう、佐久間トレーナーが、1ラウンド、もしくは2ラウンド後のインターバルから浩樹、松本、清水の“チーフ”になり代わっていたのである。
「持ち場を離れるというのは、選手にも佐久間にも申し訳ないんですが……」と、責任感の塊の松本さんは心を痛めていた。そして責任重大の佐久間さんは、持ち前の気合で乗り切った。スター選手を総登場させられるジムならではの悩みであり、事前の綿密な段取り、準備、そしてこれまでの経験がなければ、到底かなわないこと。そして一番大事なのは、日ごろからの意思疎通。会長、トレーナー同士、そして、担当以外の選手とのもの。大橋会長、松本トレーナーが技術的な部分を占めれば、佐久間トレーナーは精神的支柱として、選手たちの信頼が厚い人。それぞれの役割分担が普段からできているからこそ、本番でもそれを発揮することができるというわけ。
 全試合を終え、ようやく緊張感から解き放たれた佐久間さん。「隆二が……」と、ようやく原のボクシングについて振り返ることができた。納得のいくボクシングではない、ということで苦言を聞くことになったが、でも、佐久間さんの表情は実に穏やかだった。
 大橋ジムはこの日、7戦7勝6KO。この快勝劇の陰には、こんな裏方さんの奔走劇があったのだ。
<写真左>
勝ち名乗りを受ける原隆二と佐久間トレーナー。この後、佐久間さんの大奔走がスタートした!
<写真右>
(左から)大橋会長、韓国から応援に駆けつけた元WBA世界フェザー級チャンピオン、朴永均(パク・ヨンギュン)さん、松本トレーナー。朴さんと松本さんは1992年4月に韓国で対戦し、朴さんが11回TKO勝ちしている。「ニックネームは“ブルドーザー”だったけど、テクニックも凄かった」と松本さんは、朴さんのボクシングに今も舌を巻いている。

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