2016年2月17日水曜日

この人の試合は、本当に魅せる。試合後のすがすがしさも、

ボクシング日和 第13回 20160215
本物の試合、本物の人気 角田光代
 私の購読している新聞で、ボクシング人気は本物だという記事が出ていた。大晦日を含む年末のゴールデンタイムに、多くのボクシングマッチがテレビ放映されていることを指摘し、この人気は一過性のブームではなく本物だと書いてあった。
 1年も暮れようとしている12月29日。有明という駅で降り立つと、…

 いよいよセミファイナル、世界ライトフライ級タイトルマッチ。チャンピオンはメキシコのハビエル・メンドサ選手。挑戦者は八重樫東選手。八重樫が勝てば、3階級制覇ということになる。

 試合開始。八重樫がメンドサの腹を数回打つ。動きか軽快で自在。八重樫のパンチは奥からひゅっと伸びてくるようだ。それにたいしてメンドサは上から振り下ろすようなパンチを放つ。

 第2、第3と続くラウンドを見ていると、八重樫の自在な動きに見とれてしまう。メンドサはじゅうぶんに強く、派手なものから地味なものまでパンチをあてていくのだが、八重樫は軽業のように距離をとり、パンチを避けつつパンチを放っている。第3ラウンドでは早くも激しい打ち合いとなって、会場もさっきのももクロくらい盛り上がる。八重樫はパンチをもらいながらも前に出て執拗に腹を打つ。

 第5ラウンド、八重樫の有効打でメンドサが目の上をカットする。私はずっと、八重樫はラフなボクシングをすると思っていたけれど、このラウンドを見ていて、なんてうつくしい動きをする選手なのだろうと思った。それにしても、ラウンドを重ねても見ていて飽きない。メンドサが打てば八重樫が打ち返し、八重樫が打てばメンドサが攻撃に出る。たがいに、体と気持ちのぜんぶで相手に向かっていって、引かずにぶつかり合う。

 第10ラウンド以降、自在だと最初に思った八重樫の動きはリミッターを外したみたいに自由になる。対してメンドサは、体のどこかにスイッチがあり、それをオンに入れたみたいに激しくパンチを出し続けている。第11ラウンド、メンドサは、ただスイッチがオンになっているから動いているだ
け、のようにも見えた。パンチは絶え間なく出し続けているが、八重樫に翻弄されている感じ。そして、顔を腫らした八重樫は、なんだかたのしそう。笑っているわけでもないのに、たのしんだという感じが2階席まで伝わってくる。

 最終ラウンドでも、スイッチのまま動くだけのメンドサを、八重樫が追い詰めていく。試合終了まで20秒ほどのとき、八重樫の右がついにメンドサをとらえ、メンドサのスイッチがオフになったのが見てとれた。メンドサのセコンドも投げこむためのタオルを手にしたのが見えた。そこで試合終了のゴング。採点は八重樫の圧勝。両手を挙げて咆哮するような八重樫を見ていたら、思わず落涙した。この人の試合は、本当に魅せる。相手選手が八重樫に近づき、敬意を表すようにその片腕をつかみ、高々と挙げた。この、試合後のすがすがしさも、この選手特有のものだ。
 そしてメインイベント、チャンピオン井上尚弥選手とワルリト・パレナス選手のWBO世界スーパー・フライ級タイトルマッチである。…






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