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井上尚弥の最強ロード(4) 完全統一から階級アップへ
「激闘王」を新サポート役に
スポーツの流儀
ボクシングの世界タイトル4団体完全統一は、過去に世界でも8人しか達成していない。その偉業を「通過点」と言えてしまうのが、井上尚弥(29)のすごさだろう。12月13日の統一戦をバンタム級での"卒業試合"と見定め、既に1年前から階級アップへの準備を並行して進めている。新たな挑戦に寄り添うのが、大橋ジムの先輩で元3階級制覇王者の八重樫東(39)である。
八重樫トレーナー(左)の指導の下、井上は昨秋からフィジカルトレーニングに打ち込む=ホリプロ提供
まだプロ選手たちの姿がない午前中のジムで、井上は弟の拓真とともに黙々とメニューをこなしていく。昨年秋から週に2度、八重樫の下で行っているフィジカルトレーニングだ。「始めてちょうど1年。そろそろ効果が分かってくる時期だと思う」
階級制のスポーツにおいて、体格と体重は大きな壁だ。「4団体を統一したらバンタム級でやることはない」と階級アップを宣言する井上も「自分はバンタム級でも小さい方。楽しみも不安もある」と率直に語る。上限53.5キロのバンタム級と同55.3キロのスーパーバンタム級の体重差はわずかでも、体感する耐久力やパンチ力は変わる。将来の視野に入るもう一つ上のフェザー級(57.1キロ)となると、プロデビュー時のライトフライ級からは8キロ超の増量になる。
八重樫トレーナーは豊富な知識と経験で井上を支える
「正直に言うと、最初は受けないつもりだった。尚弥の力にはなりたいけど、あれだけの選手。僕に教えられることなんてないと思った」と語るのは八重樫だ。2020年9月に引退を発表し、トレーナーとして走り出したばかりというのも気が引けた理由だった。ただ、井上が長年指導を受けてきたフィジカルトレーナーとの契約を解消し、自分に指南役を頼んできた理由はわかった。
熱いファイトで「激闘王」の異名を取った八重樫も、ミニマム級からフライ級まで3階級を制した実績がある。加えて、岩手出身の当人いわく「東北人らしく、一つのことをコツコツと掘り下げる凝り性な性格」。ジムでのボクシング練習とは別に、現役生活を通じて3人のフィジカルトレーナーに師事して体づくりの知識や経験を増やしてきた。「僕ならトレーニングの動きや狙いを、ボクシングに変換して説明できる。尚弥もそれを求めているのだと思う」
八重樫のもう一つの武器はサプリメントの知識だ。ボクシングの調整は、減量と肉体強化という、ある意味で正反対のミッションを同時並行で行う難しさがある。試合前日の計量をクリアした後は、体力と肉体を急いで回復させないといけない。食が細かった八重樫は日々の練習のエネルギー源、減量後のリカバリーをサプリに求めた。現役時代から試したサプリは100種類以上に上る。
井上は焼き肉10人前を平らげたこともある大食漢だが、一方で栄養士と契約して食事管理にも気を配る。リング上での圧倒的なパフォーマンスは、日々の節制とプロ意識のたまものだ。八重樫は言う。「尚弥はサプリメントについても色々聞いてくる。与えられたものだけを食べて飲んでいればいいとは考えていない。だから、この子は強くなったし、まだ進化しているんだなと分かる」
とはいえ、どんな競技にもいえることだが、フィジカルトレーニングがすぐに競技力向上に直結することはない。まして、井上のようにキャリアを積み重ね、完成形に近いアスリートほど「どこが変わったかなんて、簡単には目に見えない」(八重樫)。それでも伸びしろがまだ残されていると信じ、つらくてきついトレーニングに打ち込む。継続するためには、相当なモチベーションやエネルギー、自律心が求められる。それこそが、八重樫が井上の指導を引き受けることを決断した最大の理由だという。
「もうプラスアルファなんて残されていないかもしれないけど、わずかな可能性にかけてやるのがトレーニング。あのレベルまでいくと、現状維持さえ簡単じゃない。尚弥を一人にさせず、周囲が色々考えて動いていかないといけない。自分がチーム井上に入るべきなんじゃないかと思ったんです」
15年ほど前、中学生だった井上が父の真吾に連れられて大橋ジムに出げいこに来た際、スパーリングの相手をしたのが、既に世界挑戦の経験もあった八重樫だった。最初は手加減していたが、井上が高校生に上がると真剣にやらないと務まらなくなった。「八重樫君には本当にお世話になった」と真吾は感謝するが、八重樫の側にも似た思いがある。
「尚弥とのスパーリングを通じて、僕も力を引き上げてもらった。あれだけの選手なのだから、今のトップパフォーマンスを維持して現役生活を終えてほしい」。35歳を一つの区切りと公言している井上も「ここから先は本当に挑戦」と語る。無敗のままグローブを外すことができたボクサーは歴史上でもほんのわずかだ。心強いサポートを受けながら、井上は前人未踏の領域を走り続ける。
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