2019年12月25日水曜日

覚悟

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yahoo THE PAGE  12/23(月) 11:03

「井上尚弥がいたから今の俺がある」今夜2年7か月ぶり世界戦に挑む”激闘王”八重樫東の覚悟
プロボクシングのトリプル世界戦(23日、横浜アリーナ)で2年7か月ぶりの世界戦に挑むのが、元世界3階級制覇王者の八重樫東(36、大橋)だ。王者は、名のある強豪、日本人ボクサーを蹴散らしてきたIBF世界フライ級王者のモルティ・ムザラネ(37、南アフリカ)である。激戦必至。”激闘王”の覚悟に迫った。
 前日計量は50.8キロのリミットでクリアした。ムザラネとは40秒近いフェイスオフ。「長いっすよ、別にいいんですけど」。八重樫は会場内の仕切られた控室スペースに帰ると、サプリメント容器に小分けしておいた10種類以上のサプリの錠剤をまるでお菓子でもかじるように次から次へと口にほうりこんだ。
 IBFは当日朝にもう一度計量があるため、本来なら一度、横浜へ帰るが、22日は、都内の計量場所近くのホテルに泊まることにした。幸い会場が、横浜アリーナのため、当日計量後に横浜に借りているワンルームマンションに帰り、試合まで休養を取る。
「時間の流れるスピードがここから早い。自分がやれることをしっかりとやる」
 ライトフライ級時代に「パワーが絶対だという考えがあって」計量後に体重を8キロも増やしボディで倒されたという苦い失敗がある。当日計量のリミットは、プラス4.5キロ。そのままの体重をキープして夜のリングに上がるつもりだという。
「ボクシングは必要最低限、36分間を動ききるガソリンだけを積んで勝負にいった方がいい。相手は戦車。こっちは軽くて小回りが利く戦闘機でいい」
 プロ15年のキャリアで導いた結論である。
 ムザラネへの勝利イメージもできた。過去にWBA世界バンタム級スーパー,IBF世界同級王者の井上尚弥(26、大橋)の次戦の有力候補WBO世界同級王者、ジョンリエル・カシメロ(30、フィリピン)らの強豪を倒し、元5階級王者、ノニト・ドネア(36、フィリピン)への挑戦経験もある王者である。
「一歩間違えると気がつかない間に泥沼に引き込まれる。それが怖い。注意点は左ジャブですね。だから理想は、2Dボクシング。つまり相手の距離に入っていかない平面のようなボクシングでポイントを奪う。3Dの感覚で入りこむと、あのリーチの長いジャブを被弾する。でもジャブが見づらく、2Dが機能しないなら、今までの接近戦より、さらに1歩、2歩前に入っての超接近戦を仕掛ける。相手の反応を見て嫌がることをコツコツやっていくしかない。駆け引きも必要。後の先。そんなボクシングで難攻不落を崩します」
2Dと超接近――。対照的な2つの戦略が用意してある。
「アフリカ人はマラソンと一緒でずっと同じぺースでボクシングができる。相手が落ちても関係がない。そういう人種。でも瞬発的なスプリンター的な部分は弱い。ボクシングはインターバルスポーツ。区切る時間があり、そこはマラソンとは違う。どんな風にして乱打戦に持っていくか。最後は我慢比べになり根性がある方が勝つ」
 2017年5月にミラン・メリンド(フィリピン)に1ラウンドTKO負けをして、IBF席ライトフライ級王座を失った。そこから、8か月、ジムへも行かなかった。
「辞めようと思って練習にいかなかった。もういいかなあと思ってやる気がなくなっちゃった。燃え尽きたというか、ここからどうしていけばいいかわからなくなった。子供もいたし、とりあえず、安定も必要だった。主夫をしていました」
 その間、京口紘人、木村翔、村田諒太らが世界王者となった。
「人の試合を見てもなんとも思わなかった。”俺だって”とは思わなかった。昔は、おいてけぼり感があったものだが、悔しさもなかった。競技者として何も思わなくなったら、もうダメなんだろうなと。すっからかんだった」
 だが、自分には最終的にボクシングしかないことに気づく。
 2018年3月に再起戦。4階級制覇を新たな目標に掲げていた。同年8月には世界戦経験のある向井寛史(六島)との「引退化、世界戦か」を賭けたサバイバルマッチにも7回TKOで勝った。
「4階級制覇は、あくまでも名目。そう言わないと戻ってこられない気もした。またライトフライ級でと言っても、えーと思われるのも嫌だったしね。実際、ボクシングができれば何級でもよかった。世界タイトル戦の事情って15年もやっていればわかります(笑)。向井に勝ったときは、スーパーフライ級で、4階級でも行けるかな?と思ったけれど、割り込んでいけるランキングではなかった」
 その後、WBC世界スーパーフライ級王者、シーサケット・ソー・ルンヴィサイ(タイ)への挑戦が内定したが、シーサケットが防衛に失敗して話は流れた。以降、世界戦の話は出てこず、今年4月に復帰3試合目を行ったが、不思議と焦りはなく、モチベ―ションの維持に苦労しなかったという。
「ジムに行かなかったときの自分は死んでいた。でも戻ってきた。年に1、2試合くらいしかできなかったし世界戦の話もシーサケット戦がパーになってからなかったけれど、そこへ向かう時間、”俺は生きている”という実感があった。もう後がないのはわかっている。だから今の時間を大事にしたい、というのがモチベーションだったのですかね?」
 2年と7か月の時間も長くは感じなかった。
「世界戦をやりたいという気持ちがなかったわけではないが、それよりもトレーニングや技術に新たな発見があったり、やりたいことが出てきたりして、ああでもない、こうでもないと、やっているうちに時間が過ぎた。感覚的に長い、とは感じなかった。逆にもう試合か?という気持ちですよ。あっという間だった」
 11月1日からジム近くのワンルームマンションで一人暮らしをしてきた。
 朝は、野木丈司トレーナーの指導のもと階段を使っての過酷なラントレ、午前中にジムでフィジカルトレーニングを行い、午後にジムワーク。家庭を離れてのボクシング漬けの生活を続けてきた。
「自分ことしか考えない状況を作りたかった」
 約2か月の間に家に帰ったのは2度だけ。電話もしない徹底ぶり。次女は八重樫が家を出るとき泣いていたという。
 奥さんからは、「学校の書類はどこにある?」「送り迎えできない?」と、SOSの連絡もあったが、心を鬼にした。
「僕もつらいし、家族もつらい。昔は息子のため娘のため、子供たちのために頑張ろうと思っていた。基本、今も、その気持ちは変わらないが、今の心境は自分のため。エゴイストじゃないが」
 長男は中2になった。
「中2にもなると、親の言葉は、さほど聞いていない(笑)。でもね。見ている。親の姿は、こういう仕事だから、なおさら目に入る。あいつに教えられるのは姿でしかない。言葉はいらないんです。”何かに一生懸命であることは、恥ずかしいことでないんだよ。何かを手に入れるためには、一生懸命やらないと手に入らないんだよ”ということを教えるのは言葉ではなく、お父ちゃんの姿なんです」
 八重樫は、36歳の年齢から一度、練習を休むと感覚を失い、取り戻すのに時間がかかるからとギリギリまでハードなトレーニングを続けた。肉体と精神をとことん研ぎ澄ましてきた。
 覚悟はある。
 負ければ引退か?
 ストレートに聞くと顔をくしゃくしゃにした。
「12月23日以降のスケジュールはない。ノープラン。次の日からの人生は、この試合が終わらないとわからない。23日で僕のボクシング人生は一度、終わる。その先の新しい八重樫がどうなるのか。この試合でしかわからない」
 勝ってもスケジュールは白紙?
「ただ勝ち逃げはしない。ベルトを持った人間の責任であり、世界戦の事情は色々と知っていますから(笑)。チャンスをもらったからこそ、そこからの恩返しがある。キャラクター的に綺麗に終わるボクサーじゃない。ネクストマッチがあるなら、そこへ挑戦していくのが自分らしい」
 大橋秀行会長は「勝てば4階級も」と次なるプランを掲げた。
「今回、勝てば、その望みも出てくるのかなと」
 八重樫もまんざらでもない。
 井上尚弥がWBSSの決勝でノニト・ドネアを激闘の末、破ったことで、大橋ジム全体が活気を帯びている。井上尚弥の高校時代のスパー相手を八重樫が務めたのは有名な話だ。5年前に井上尚弥がスーパーフライ級に転級してからはやらなくなったが、モンスターと拳を交えた日々は、激闘王・八重樫を2年7か月ぶりに世界戦リングへ立たせる確かな礎となった。
「尚弥の存在は、もはや刺激ではない。スパーリングをしたのは、尚弥がライトフライ級時代だけど、その経験があったからこそ、引き上げられた。あいつがいないと、こんなに長くボクシングをできていないと思う。こいつにスパーでも絶対に負けたくねえと思った時期もあった。ぶっちゃけやりたくはなかったが、負けたくないとやってきたからこそ、今の俺がある。あの兄弟のおかげで強くなれたのは、事実。これは本当。みんなでスパーしたが、僕が一番年上。だからこそ絶対負けたくねえと思っていた」
 八重樫は解説席に座る井上尚弥にリング上からどんなメッセージを送るのか。
「武士道が勝つか。アフリカ系の身体能力が勝つか。我慢比べになったとき、自分が何を考え、どうするのか。耐えられず手が止まるか、このやろうと我慢して勝負にいくのか。そのときの自分を見てみたい。そこで心が折れるならボクシングを続けていても意味がない。粘り勝ちするのが八重樫、そこが僕のスタイル、全部を出せば、いろんな意味で納得し、勝利という結果に落ち着く。自分の持ち味で勝つのが一番楽しいでしょうね。だから楽しみ」
 決戦のゴングは数時間後。ムザラネは一発のパンチ力はなく、攻守の切り替えをしながらスタミナ消費を避けるため、おそらく終盤まで試合はもつれ、足を止め合っての壮絶な殴り合いになるだろう。最後まで立っているのは八重樫。横浜アリーナに感動のドラマが待っている。

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