2019年12月26日木曜日

「今を生きていきたい」吾常於此切

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THE ANSWER  2019.12.25

かっこいいぜ、八重樫東…懸命に悔いなく、命を燃やした激闘王「練習は死ぬまでやる」
激闘王は、やはり激しく闘った。23日、ボクシングのIBF世界フライ級タイトルマッチ(横浜アリーナ)。元世界3階級制覇王者・八重樫東(大橋)は、王者モルティ・ムザラネ(南アフリカ)に9回2分54秒TKO負けした。946日ぶりの世界戦で日本男子最年長36歳10か月で王座獲得はならず。代名詞通りの激しい拳の応酬には、生き様が凝縮されていた。
36歳激闘王、世界王座返り咲きへの道「今を生きていきたい」
打撃戦がよく似合う。八重樫は戦った。何度強打を受けても、目は死んでいない。4回。相手の連打に上下左右に顔が揺れた。視線が一瞬だけ天を向いた直後だ。ぐっと敵をにらみ返し、両拳をバチンと合わせた。「しゃー!」。気合を入れ直して襲い掛かる。猛ラッシュで反撃した。
 プロ生活15年。培った技術、衰えに抗う肉体、それらを支える誰にも負けない魂。全てを出し切ろうと、拳を繰り出した。「後半自分も(ペースが)落ちると思っていた。正念場だった」。攻撃に出れば出るほど被弾。陣営はストップのタオルを握っていた。
「八重樫はジムに入ってから、今が一番練習をやっている。この年でこんなに動けるのは惚れ直すよね」
 嬉しそうに目を細めていたのは、大橋秀行会長だった。入門時から見守り、世話をしてきた愛弟子。3度の世界王座獲得を見届け、リング上で喜びを分かち合った。年を重ねるほど、噴き出す汗の量が増えていく八重樫。一回り以上も年の離れた選手たちにも劣らないハードなものだった。大橋会長は驚いていた。
「とにかく練習量が凄い。計量前日までウェート、ロードワークをやっている。試合の1日前なんて普通はやらないよ。そんな選手見たことない。年を取って増やしている。普通は減らすのにね。俺なんか27歳で減らしてたからな」
 IBF世界ライトフライ級王者だった17年5月、八重樫は暫定王者ミランメリンド(フィリピン)との統一戦はわずか165秒でTKO負けした。同級では世界最短記録の屈辱。8か月、ジムに行かなくなった。この間、心が空になる感覚を味わいつつ、かすかに残る情熱を感じ、悔いを残さぬために現役続行を決断。休んだ時間を取り戻すように練習に練習を重ねた。
「単純に気合と根性の練習。量と質を意識している。たくさんやって、グタグタになるまでやって、その中で見えたものを見出す。効率が悪いかもしれないけど、そしたらそれまでだし、壊れたらおしまい。ギリギリのところでやるのがボクシングだし、そこまでやらないと意味がない。なんとなくやって強くなった感じで終わるのか、そうじゃないのか。体の練習は死ぬまでやる。
 いつも危機感はある。しっかりやるべきことを見定めているし、練習量は上げないといけない。キープだと落ちる。若い時はちょっとやればいいけど、年をくうと3倍やらないと。やれなくなることが少なるように。パフォーマンスを落とさない量に合わせて上げていっている」
「常にギリギリの人間」と危機感、井上尚弥も体調管理参考に「八重樫さんはマニア」
 同世代のボクサーは次々とグラブを置いていった。気付けば周りは若手ばかり。「やっていかないと時代に置いて行かれる。危機感はいつもありますよ。常にギリギリの人間なので、いつまでもやれるわけではない。体はいつまでもできない」。危機感に押された体は、若手の何倍もよく動いた。
 努力は裏切らないとは言わないが「量に恩恵は何かしらある」と信じて汗を流した。技術練習に充てたジムワークの量は若い頃と変わらないが、それ以外の肉体トレーニングは追い込み続けた。再起のモチベーションの一つは、スーパーフライ級で4階級制覇。「世界戦にこぎつけるかわからないけど、目の前に通じる道があるのなら、自分の課題を埋める。残りわずかなボクシング人生。一発、一発、命を懸けて戦う」と世界王座返り咲きのチャンスを信じた。
 しかし、昨年秋からWBC世界スーパーフライ級王者シーサケット(タイ)との対戦が、契約寸前で2度破談。今年4月はノンタイトル戦を消化するだけになったが、気持ちを切らすことはない。「できることを最大限に。こういう試合だから手を抜いたり、まあいっかというのはないように。どういうタイミングでチャンスが来るかわからない。会長が勝負をかけてくれる。それを信じてやるのみ」
 合言葉は「懸命に悔いなく」。トランクスやガウンにも刺繍で入れた。計量後はタイマーで計りながら、分刻みで水分摂取。細かくケースに小分けしたサプリメントを飲み込んで常に最高の状態を作り上げた。
 激闘王の汗は、モンスターの心も揺さぶった。同じ大橋ジムには、WBAスーパー&IBF世界バンタム級王者・井上尚弥がいる。最強をほしいままにする26歳の若きスター。ともに研鑽に励む先輩について「30歳を超えた八重樫さんはそうとう気をつけている。(存在は)助かりますね。八重樫さんはマニアなので」と刺激。どのサプリメントをいつ摂取するか。寝起き、寝る前、食事前後。吸収率のいい摂取の仕方を参考にした。
記録より記憶の人間「気持ちが燃えるのはボクサーとして幸せ」
 4月8日のノンタイトル戦。常々「負けたら引退」の覚悟で臨んできただけに、強いとは言えない相手を倒すと安堵感が体中に染みわたった。
「その日の練習にモチベーションを感じてやってきた。やっぱり怖いですよね。勝たなきゃいけない試合ですし、チャレンジする試合よりも恐怖心が大きいですね。まだボクシング人生を続けられるのは凄く嬉しい。きっと会長が大きい試合を組んでくれると思う。それを信じて一日、一日を過ごすしかない。まだボクシング人生が続くことは凄く幸せなこと。今を生きていきたい。
 僕は記録の人間ではない。欲を言えば記憶の人間。みんなの記憶に残る試合がしたいし、燃えるような気持ちになれるのがボクサーとして幸せなこと。14年やってきたので、会長も最後に花道を作ってくれると思う。最後まで付き合ってくれるのかな。自分の中ではいつ集大成になってもいい。向かうところは一つ。終わりに向かっている。そこに向かって今を生きていきたい」
 巡ってきた世界戦のチャンスはフライ級。4階級制覇にはならないが「誰とやるか」と敵を見据えた。被弾数が増えていった8回。相手と距離ができ、一瞬の間を置いて叫んだ。「うあ゛ーー!」。大歓声の降り注ぐ横浜アリーナ。それでも、リングサイドに激闘王の叫びは響き渡った。だが、劣勢を打開できない。9回2分54秒。レフェリーにそっと抱きかかえられた。
「力不足です。止められたのは自分の力不足。相手が強かったというだけ。気合が足らなかった。今回は(3人の)子どもとか、家族とかではなく、全部自分のためだけにやってきた試合。そこで結果を出せなかったのは悔しいです。それもすべては自分の力のなさ、受け止めて考えたい」
 進退を保留。「もう厳しいか」と問われた大橋会長は「ちょっとなぁ……」と下を向いた。今後については歴戦のダメージも考慮しながら、2人で話し合う方針。壮絶なファイトは見られないかもしれない。だが、八重樫東が命を賭し、激しく闘った姿は色あせないはずだ。

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