2018年8月27日月曜日

まさしく、名勝負

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フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜  2018年08月19日

ボクシング人生到る処青山あり。〜八重樫東の生き様〜

8月17日(金)東京 後楽園ホール 
ジュニアバンタム級10回戦
八重樫東vs向井寛史

プロボクシングは、技術よりも勇気を売る商売です。

ほぼ全てのスポーツが、その選手の技術レベルと人気が比例しているのに対して、ボクシングはその選手が見せる勇気と人気が正比例するのです。

これは米国、メキシコにおいて特に顕著です。

かのボクシング先進国で年間最高試合とは、その年の最も高度な技術戦ではありません。最も勇気の熱量が大きかった試合が選ばれるのです。

どんなに強い相手でも恐れずに踏み込む。どんなに劣勢に追い込まれても刺し違える一撃のチャンスを待つ。

そんなボクサーが最も尊敬され、人気を集めるのです。

八重樫東がESPNやリング誌の年間最高試合に何度もノミネートされ、世界のボクシングファンに支持されるのは、彼の売り物がまさしく勇気だからです(2011年のポンサワン・ポープラムック戦はESPNの年間最高試合に選出されました)。

金曜日の夜も素晴らしい試合を見せてくれました。

 ここまでキャリア13年、26勝(14KO)6敗の八重樫に対して、向井はプロ9年目、16勝(6KO)5敗3分。激闘王・八重樫は35歳、向井も32歳。

軽量級としては、もう後のない年齢です。

前日には IBFジュニアフェザー級王者・岩佐亮佑がTJ・ドヘニーに3−0判定で敗れて2度目の防衛に失敗していますが、ハイレベルな軽量級の試合を二日続けて見れるなんて世界中どこを探しても後楽園ホールだけでしょう。

岩佐の敗北は、ホームで指名挑戦者を十分痛めつけたにしては可哀想な判定にも思えますが、負けでも十分納得出来る、いいえ納得しなければならない内容でした。

解説の山中慎介、飯田覚士は「岩佐の勝ち」と判定に疑問を呈していましたが、私の目には岩佐は勇気の熱量が絶対的に足らないように見えて仕方がありませんでした。

そして、八重樫vs向井とダブルメインの清水聡vs河村真吾も、本当にいい試合でした。河村、ナイスファイトです。

こういう面白い試合になるのが保証付の興行は、なんとか土日にやって欲しいですね。ボクシングファンは、会場に駆けつけてお金を払って見ます。

さて、勇気を叩き売る激闘王、八重樫です。

向井の南京都高校時代の戦友、村田諒太が1ラウンド開始ゴングをかき消そうとでも思っているかのような大声をリングに向かって張り上げて試合が始まりました。

激闘劇場に相手を引きずり込みたい八重樫に、距離をとって美しく戦いたい向井。対照的な二人のファイトスタイルも、この試合をダイナミックに仕上げたエッセンスです。

執拗に無骨に距離を潰しにかかる八重樫の突貫に、向井は4ラウンドに大きなピンチに陥りますが5ラウンドは必死に応戦、ペースを奪い返します。

迎えた6ラウンド、勝負どころを心得た八重樫がプレッシャーを強めますが、向井は細かいカウンターで応戦、ついに激闘王の足を止めました。

今度は向井がビッグチャンスを迎えます。大橋秀行会長が「タオルを投げようかと思った」というほどにグラつく八重樫にパンチをまとめますがトドメはさせません。

ラウンド終了間際には八重樫が逆襲、大きな左右スィングで向井を吹っ飛ばしましたが、判定はスリップ。しかし、向井のダメージはありありです。

半か丁か。どっちの目が出るのか誰にもわからない、サイコロを転がすような6ラウンドの3分間が終わりました。

そして第7ラウンドのゴングが鳴ります。

八重樫が勝負をかけて突進してくるのは向井にもわかっています。大阪から乗り込んできた向井にとっても、ここが勝負の分水嶺です。

「モーションを小さく」という攻撃の基本を100万光年先に置き去りにした激闘王は、腕がちぎれんばかりに大きなパンチを振り回して向井を追い回します。

決定的な一撃はかわすものの、激闘王の暴雨風が向井の肉体と精神を根こそぎ削っていくのがテレビ画面を通しても伝わってきました。

7ラウンド2分55秒。ロープを背に無抵抗となった向井を主審の中村勝彦が救って、名勝負の幕が下りました。

まさしく、名勝負でした。しかし、それは激闘王のシナリオでした。

その瞬間、観客席の村田諒太はまっすぐにリングを見つめてウンウンと頷き、その口ははっきりと「よくがんばった、よくがんばった」と二度動いていました。

さあ、日本人初の四階級制覇のターゲットはどの団体王者になるのでしょうか。個人的には、シーサケット・ソールンビサイとの9年ぶりのリマッチしかないと期待します。

激闘続きのキャリアで蓄積されたダメージは、もちろん心配です。しかし、ボクシングファンは身勝手です。八重樫の家族や友達の本当の思いなど、知ったこっちゃありません。

魂を揺さぶるボクサーがいて、そのボクサーがまだ戦いたいと情熱の炎を燃やしているのです。私たちは残酷に「もっと見せてくれ」と、感動の激闘をねだるだけです。

それにしても後楽園ホールという軽量級の聖地を抱える日本のボクシングファンは、なんて幸せなんでしょう。世界中のボクシングファンが嫉妬する濃密な7ラウンドでした。

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