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ベースボールマガジン社WEB 2017-09-13
迷ったら進め! “漢”八重樫東の美学
誰もいないジム。普段は流れている音楽も、ない。
広々としたトレーニングスペースに漂うのは、空気を切り裂く音と、男が発する呼吸──。
5月21日。
衝撃的な初回TKO負けでIBF世界ライトフライ級王座から陥落してしまった八重樫東(大橋)は、黙々とたった一人でトレーニングを続けている。
ときは9月4日。
前日、本場アメリカデビュー戦に向けて、井上尚弥と大橋ジム一向は出発。
当初は八重樫も同行するはずだったが、
「7日が一永の4歳の誕生日なので、誕生会を終えて、その夜に出発することにしてもらったんです」
ひとりで行けるかなぁ、入国で止められたら言葉もしゃべれないし、どうしよう……。
いまになって不安を口にするのだが、それでも家族を大切にするこの人らしい。
そして、誰もいない時間を図ったかのようにジムにやってくるのもまた、この人らしい。
尊敬する長谷川穂積が3階級制覇を果たした試合を最後に、「続けると思っていた」拓殖大学の大先輩、内山高志が、そして、同じ東北の後輩・三浦隆司が、ひと足先に檜舞台から去っていってしまった。
30代。同世代の選手たちが人生の決断をしている中、痛烈な敗北を喫した八重樫自身は、いまだ進退に関して結論を出していない。
「試したいことがあるんです」
それは、誰もが気にかけていることだった。
「尚弥の試合が終わって、みんなで帰ってきてからですね。
たぶん、10月に試合を控えている隆二(原)とスパーリングをすることになると思うんです。
ヘッドギアあり、なしでは違うかもしれないけど、打たれたときにどうなるか……。
スパーリングでダメで、たとえばスーパーフライでやって、
やっぱりダメだ、というのはよろしくない。
だから、スパーの出来を自分で判断して、スッパリ……ということもある」
たった独りのジムワーク。動き自体はなんら変わらない。
「でも、対人じゃないから好き勝手動けますから」
と、本人もそのあたりは重々わきまえている。
現役続けるんでしょ、とよく言われる。周りはみんな、やると思っている。
自分もやりたい気持ちになっている、という。
「自分はライトフライの螺旋(らせん)から落ちましたから」と苦笑して、
復帰するならスーパーフライ級、と明言する。
つまり、4階級制覇を目指す、ということ。
「スーパーフライに上げたとしても、減量が楽になるということはないです。
体を大きくして、筋量も増やすから」
体がキツイから、ではなく、高い山の頂を目がけて登っていく。
求道者たる性質が、そうさせるのだ。
階段トレーニングの走り方の変化について訊ねると、「スピードスケートの選手と同じ。前への推進力を生み出す走り方なんです」と実演して説明してくれた
話を聞いた時点では、スーパーフライ級が大きく変動することは当然知る由もなかった。
石田匠(井岡)がイギリスで挑戦することも、そして、あのリマッチがあんな結末を迎えることも……。
だから、それをふまえて彼の言葉を読んでほしい。
WBA王者カリド・ヤファイ(イギリス)
「距離を潰していけると思う。イギリス、行きますよ!」
ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)
「再戦も面白いですね」
WBC王者シーサケット・ソールンビサイ(タイ)
「再戦(かつて八重樫はシーサケットにTKO勝ちしている)&洋太(佐藤)の敵討
ちですね」
純粋に楽しんでいるようであり、
でも、モチベーションを敢えて燃やそうとしているようでもある。
八重樫自身、わからないこともある。
でも、だから何もしないわけにはいかない。
とどまっていることなんてできやしない。
迷ったら進め──。
だから、“漢” 八重樫東は、今日も汗を流す。未来へ向かって躍動する。
シューズの底の擦れ具合を見れば、足の裏のどこをどう使っているかがわかる。 そして、どれだけの練習を積み重ねているか、も……
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