2017年8月17日木曜日

近年のボクシング界をけん引してきた

https://goo.gl/w1wFU5
NumberWeb posted2017/08/16 11:30
試合前の嫌な予感と王座陥落。
山中慎介が挑んだV13の紙一重さ。

WBC世界バンタム級チャンピオンの山中慎介(帝拳)が15日、京都市の島津アリーナ京都で13度目の防衛戦を行い、同級1位の挑戦者、ルイス・ネリ(メキシコ)に4回2分29秒TKOで敗れた。

 13度の防衛は、1980年に具志堅用高氏が打ち立てた世界タイトル最多連続防衛の日本記録だったが、山中はこの不滅と思われた大記録に並ぶことはできなかった。

 胸が締め付けられるように苦しかった。満員の会場に大音量で鳴り響く入場曲「龍馬伝」を、これだけ緊張しながら耳にするのは初めてのことだった。

 今回ばかりは負けてしまうのではないか─―。

 そう思わずにはいられなかったからだ。2010年に長谷川穂積が11度目の防衛戦に失敗したときも、'16年に内山高志が12度目に敗れたときも、試合前にこんな気持ちにはならなかった。

「練習と本番が違う」という言葉に一縷の望みを。

 ここ1年で近年のボクシング界をけん引してきた内山、八重樫東(大橋)、三浦隆司(帝拳)が立て続けに敗れ、嫌なムードが漂っていた。山中自身、防衛を続けているとはいえV10、V11戦ではダウンを喫するなど、ここ数戦は不安定な内容が目についていたことも理由のひとつだ。

 そんな状況の中、試合6日前に行われた公開練習は、嫌な予感を打ち消すどころか、さらなる不安を煽り立てる結果となった。山中の動きは鈍く、軽めのスパーリングでは、パートナーのパンチを簡単にもらってしまうシーンが目についたのだ。

 もちろん試合前の公開スパーリングなど、報道陣向けのデモンストレーションと言ってしまえばそれまでだ。山中はもともと練習で圧倒的な強さを常に見せる選手ではない。帝拳ジムの本田明彦会長が「あんなに練習と本番が違う選手はいない」というように、本番に強いのが山中の持ち味でもある。試合前の数日で、グッと状態が上がることも珍しくはない。
山中の状態自体は、そこまで悪くなかった。

 それでもなお、山中の勝利を確信するには程遠い気持ちだった。かつては公開練習でも、見ていて恐ろしくなるような強打をトレーナーのミットに打ち込んでいたものだった(この日、山中は珍しくミット打ちをしなかった)。

 さらに輪をかけて、山中が試合前に発していたコメントも、もやもやした気持ちを増幅させた。

「ベストに持ってくることができて安心している」(公開練習)

「コンディションは本当にいい。自分でもほめたくなるくらいいい状態」(試合3日前の予備検診)

 その表情は明るく、どこか吹っ切れた印象さえ感じられた。はたして山中は本心を語っているのか。だとすれば、こちらの見る目がないだけだ。すべてが杞憂に終わればいいと感じていた。

 試合のゴングが鳴ると、山中のコンディションは言葉通り、それほど悪くないことが判明した。右のジャブは鋭く、初回から伝家の宝刀、左ストレートも打ち込んだ。打ち終わりに身体が流れるようなこともなく、バランスも悪くない。ネリの荒っぽい左もバックステップでかわしてみせた。

「やりやすい」という体感と結果の違い。

 しかしスタートこそおとなしかったネリだが、初回終盤からペースアップする。一撃必殺の山中に対し、無敗挑戦者のネリは連打が持ち味だ。初回終盤、左右の連打で山中に襲い掛かると、会場からは悲鳴にも近い歓声が沸き起こる。2回には山中の打ち終わりに合わせ、左フックを2発クリーンヒット。挑戦者が徐々にそのベールを脱ぎ始めた。

「負けてこんなことを言うのもなんですけど、向かい合って、ゴングが鳴って、たいしたことない、これだったらいけると思いました」

 山中本人はリング上で「やりやすい」と感じていた。少なくとも「やりにくい」とは感じていなかった。左ストレートを上下に打ち分け、そのパンチは浅いながらもネリの顔面、ボディをとらえていた。

 同時にチャレンジャーのパンチもヒットを続け、ネリに襲い掛かられると、細身の身体で懸命にブロックするチャンピオンが危なっかしい。山中が倒れるか、ネリが倒れるか。クライマックスがいつ訪れてもおかしくない緊張感にリングは包まれた。

セコンドのタオル投入は議論を呼んだが……。

 そして4回、ネリがピッチを上げた。ネリの左が火を噴くと、これを食らった山中が大きくバランスを崩す。畳みかけるネリ。山中はクリンチに逃れようとするが、それを阻まれると、さらなる暴風雨にさらされ、操り人形のように身をくねらせながら、懸命のサバイバルを強いられた。

 ネリの勢いが緩んだ瞬間、山中は何度か立て直しかけたかに見えた。しかし、さらに左右のフックを被弾すると、完全にロープを背負う。何とかダウンを拒否し続けたが、大和心トレーナーがタオルを投じながらリングに飛び込み、山中を抱きかかえた。

 控え室の扉はなかなか開かなかったが、重い扉が開放されると、山中は報道陣の取材にしっかり対応した。

「4回の場面は効いていることはなかった。でも足が止まってしまって、(連打を浴びて)セコンドを心配させてしまったと思う」

「もっと足を使おうと思っていたけど、ジャブがあたったし、相手が常にガンガンくるわけでもなかったし、自分の距離を作ってやっていたつもりだった」

紙一重の試合に王者が敗れた、それだけだった。

 山中がもっと足を使っていれば、大和トレーナーがタオルを投入しなければ……。この試合を見たファンが、いくつもの「もし」を想起するとすれば、それだけこの試合が紙一重だった、ということではないだろうか。ギリギリの戦いに34歳のベテラン王者は敗れ、22歳の新鋭が勝利を手にした。それ以外の何ものでもなかった。

 5年9カ月にわたり王座を守る作業は、並大抵のものではなかったと想像する。14度目の防衛戦で敗れるまで、4年5カ月間、王座に君臨した具志堅氏は「最後は身体がボロボロだったね」と振り返った。

 山中は試合後、「応援してくれた方々の期待に応えられなくて申し訳ない」と涙した。ファンの期待にはもう十二分に応えたのではないだろうか。花道を引き返すV12王者の背中に、ファンの温かい拍手と慎介コールが鳴り響いた。

0 件のコメント:

コメントを投稿