2016年3月7日月曜日

勝負の一番を終えた次の試合が危ない、という事例は尽きない

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NumberWeb 2016/03/07 11:50
山中慎介がまさかの連続ダウン――。余裕のV10が絶対絶命に変わった理由。
 WBC世界バンタム級チャンピオンの山中慎介(帝拳)が4日、京都の島津アリーナ京都で同級3位のリボリオ・ソリス(ベネズエラ)と対戦して判定勝ち。日本歴代3位タイとなる10度目の防衛を成功させた。
 スコアはジャッジ3人ともに117-107だから山中の圧勝と言えるが、2度のダウンを喫するなど、スコア以上にヒヤヒヤ、ハラハラさせる内容で、山中は試合後「悔しい」という言葉を何度も使った。
“神の左”を持つ強打のサウスポー王者に何が起こったのか? “苦戦”には意外な要因が隠されていた。
 山中にとって今回のソリス戦は、これまでの多くの防衛戦がそうであったように「勝って当たり前」の試合に位置付けられていた。少なくとも周囲はそう見た。ソリスはバンタム級の1つ下、スーパーフライ級の元WBA王者で、日本で河野公平と亀田大毅という2人の世界王者を下しているとはいえ、試合内容はいずれも接戦。実力者ではあるが、あくまで「そこそこの」というレベルの挑戦者に思えた。
 まして山中は9度目の防衛戦で、WBA王座を12度防衛した実力者、アンセルモ・モレノ(パナマ)と事実上の“バンタム級頂上決戦”を行い、小差判定勝ちを収めていた。モレノと比べれば、ソリスは確実にワンランク落ちる。
 だだ、勝負の一番を終えた次の試合が危ない、という事例は尽きない。
絶対勝てると思った相手に負ける状況とは?
 真っ先に思い浮かぶのは2014年の八重樫東(大橋)だ。軽量級最強ボクサー、ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)と対戦して敗れた八重樫は、次の試合で勝てると目されたペドロ・ゲバラ(メキシコ)にボディブローを浴びてまさかのKO負け。3階級制覇に失敗した。
 のちに八重樫の参謀、松本好二トレーナーは「自分も、八重樫も、ゴンサレスのときと同じようにはどうしてもできなかった」と語っている。
 山中陣営もその点は覚悟し、杞憂に終わることを願っていたのだが……。
「山中はアゴが弱い」というソリスの言葉。
 チャンピオンの地元と言える京都での試合が始まった。
 山中は初回、得意の左ではなく、右フックをきれいにソリスに合わせた。2回には再び右を決め、今度はソリスがヒザをついてダウンと判定された。早期決着のムードも漂う中、気になったのは、ソリスが山中の強打をまったく恐れず、思い切って踏み込んでいたことだ。ガードの上からでも山中の強打を浴びたボクサーは「これをもらったら終わりだ。慎重に戦おう」という姿勢が強くなるものだが、ソリスにひるむ様子が一切ない。「山中はアゴが弱い」というソリスの言葉が頭に浮かぶ。
 そして驚きのシーンが訪れる。3ラウンド、山中の右フックより先に、ソリスの右がチャンピオンのアゴをとらえた。山中が尻からロープ際に落下した。立ち上がった山中はソリスの猛攻を何とかしのぐも、再び右フックに右を合されてキャンバスに転がった。何とかゴングに救われたものの、V9王者陥落の瞬間はすぐそこに迫っているのではないかと思われた。
コーナーに座った山中は、絶体絶命の状態だった。
 このピンチを救うことができるとすれば、チャンピオンの参謀、大和心トレーナー以外にいなかった。3ラウンドと4ラウンドのインターバルは、山中のセコンドではこれまで1度も経験したことのないような1分間だった。
「(コーナーに戻ってきた山中は)もう何も話を聞けない状態でした。だから耳を思い切り引っ張って、つま先をバンバン踏んで、無理やりこっちを向かせました。相手の距離に入らないようにする。それだけ伝えましたが、4ラウンドに送り出すときはヤバイという気持ちでしたね」
 それでも山中は4ラウンドをうまくしのぎ、5ラウンドから持ち前のフットワークを機能させ、ポイントを確保していく。しかし、ソリスに攻勢を許す場面もあり、中盤以降も決して安心して見ていられるような展開ではなかった。特に「危ない!」と声が出そうになるのは、山中が右を出したときだ。3回に食らったダウンは、いずれも右に合されたものだった。
「返しの右フック(左ストレートを打ってそのまま右を返す)は危ないんです。使わないように言っても反射的に返してしまうので、途中からはフックではなく、返すならアッパーを返せと指示しました。本当はアッパーも返さないほうがいいのですが、アッパーであれば少し後ろ体重になるので危険が少ない。相手がリターンを当てにくくなるからです」(大和トレーナー)
 言わずもがな、山中の最大の武器は“神の左”と形容される必殺の左ストレートだ。課題は右だと言われ続け、だからこそ練習では常に右の強化を意識してきた。その右が初回からきれいに決まったため、ソリス戦ではいつも以上に右を多く使い、結果的に墓穴を掘ったということになる。
“神の左”が徐々に変質していた!?
 右の問題は戦術を変更することにより、しのぐことができたが、問題は右だけではなかった。右の強化により、さらに威力を増すはずだった“神の左”にまで異変が生じているという。
「山中は以前は1点に力が集中するような、アイスピックみたいな左ストレートを打っていました。いまは1点にきていないんです。1点を突き刺すのではなく、大砲みたいなパンチになっている。山中は生粋のストレートパンチャーです。いろいろなパンチを覚えるのは悪くない。ただ、もう一度ストレートを突きつめる必要があると思います」
 イノベーションを実現しようとした結果、本来の武器に悪い影響が出たとしたら本末転倒だ。山中はこの試合、終盤は左ストレートをかなりの数ヒットさせたが、ソリスが倒れることはなかった。
 リングサイドからはソリスが打たれ強いように見えたが、一撃必倒の左ストレートそのものに微妙な狂いが生じていた、という見方もできるということだ。
 4年で10度の防衛を重ね、ビッグマッチの実現を常にアピールし続けてきた山中。試合翌日「統一戦がやりたい。アウェイでもやりたいくらいの強い気持ちを持っている」とあらためて強者との対戦をアピールした。ソリス以上のボクサーが相手になれば、2度のダウンは言うまでもなく命取りだ。
 今回の“苦戦”が、さらなる強者との対戦に向けた良薬となることを期待したい。

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