2016年1月27日水曜日

1年前の忘れ物を取りに、記録より記憶に残る男

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NumberWeb 2015/12/29 10:30
ボクシング拳坤一擲BACK NUMBER
井上は米進出目前、八重樫は激戦必至。
W世界戦に世界のボクシング界が注目。
 今年もボクシング世界戦ラッシュの季節がやってきた。
 2015年は29日に東京で2つ、31日に東京、名古屋、大阪で5つの世界タイトルマッチが行われる。世界の2015年ボクシング・カレンダーはこの時期、既に空白となっており、世界中のボクシングファン、関係者が日本のリングに熱い視線を注いでいると言っても過言ではない。
 昨年は井上尚弥(大橋)が世界フライ級王座を16度、S・フライ級王座を11度防衛していたオマール・ナルバエス(アルゼンチン)に衝撃の2回KO勝ちを収めて世界をあっと驚かせた。今年はだれがどんな活躍を見せてくれるのか―─。今回は29日の見どころを紹介しよう。
井上のバレナス戦は、米国進出の“前哨戦”。
 29日の有明コロシアムに登場するのは、指名挑戦者ワルリト・パレナス(フィリピン)を迎えて初防衛戦に臨むWBO世界スーパーフライ級王者の井上と、IBF世界ライトフライ級王者、ハビエル・メンドサ(メキシコ)に挑戦する八重樫東(大橋)だ。
 右拳のけがでブランクを作った井上は1年ぶりのリング復帰となる。ボクシングにおいて、目の前の試合ではなく、その先に目を向けることはある種のタブーとされているが、今回ばかりはそうもいかない。来年の“米国進出”が現実味を帯びているからだ。
 ナルバエスに圧勝したことによより、井上には米国ボクシング中継の最大手、ケーブルテレビ局HBOからオファーが届いている。近年では本場アメリカに進出する日本人ボクサーが徐々に出てきているが、向こうからオファーが届く選手はなかなかいない。
 きらびやかなリングで、巨万のファイトマネーを手にするチャンスのある本場のリングは、世界中のボクサーが憧れを抱く。日本の若き至宝がそのいわば聖地に来春にも立とうというのだから、はやる気持ちを抑えろというほうが無理な話と言えるだろう。
 もともとアメリカやヨーロッパにおいて、軽量級はヘビー級やミドル級などの重いクラスよりも格下とみなされていた。しかしWBC世界フライ級王者のローマン・ゴンサレス(ニカラグア)が名だたるスターを押しのけてパウンド・フォー・パウンド・ランキングの1位に輝くなど、状況は変わってきている(つまりゴンサレスが全階級を通じて最高のボクサーだと認められている)。井上はデビュー当初「ラスベガスでファイトしたいか?」と問われ、「ボクの階級でそれはないと思う」と答えていた。しかしいまやゴンサレスに対抗しうる才能を秘めた“スター候補生”として、アメリカに迎え入れられようとしているのである
勝ち方に注目が集まるのは難しいものだが……。
 そういう意味で、今回の井上の試合は、単なる防衛戦というだけでなく、アメリカ進出の前哨戦的な意味合いを持つと言えるだろう。挑戦者のパレナスは世界初挑戦で、24勝中KO勝ちが21ある強打者だが、4KO負けを含む6つの敗北があり、名王者ナルバエスと比べればかなり落ちる。勝敗そのものへの関心より、今回はアメリカ進出に向けて「いけるぞ!」と思わせるようなパフォーマンスが求められているのだ。
「勝って当たり前」という試合はどんなに強いチャンピオンでも嫌なものだが、井上は公開練習の際「今回の試合は今までの試合で一番楽しみ」と笑顔を見せた。けがで右拳を使えない間に左のパンチをみっちりと鍛え、トレーニングによってフィジカルを向上させた。その結果、9月から使えるようになった右は元に戻っただけではなく、以前よりも破壊力が増しているという。父・真吾トレーナーとのコンビで、どんな相手であろうと油断はない。来年に向けて弾みをつける“前哨戦”は大いに期待できると見ていいだろう。

八重樫は1年前の忘れ物を取りに3階級制覇へ。
 数々の激闘を繰り広げてきた32歳のベテラン、八重樫は昨年暮れに続く世界3階級制覇挑戦となる。今回は相手こそ違えど“雪辱”がキーワードだ。
 1年前の八重樫は、戦闘態勢を十分に整えることができなかった。理由の一つは9月に行われたWBC世界フライ級タイトルの防衛戦で、挑戦者にゴンサレスを迎たことだった。軽量級最強ボクサーとの試合は、キャリア最大の試練であり、この試合にすべてを燃やし尽くして敗れた八重樫は、肉体的にも精神的にも、わずか3カ月というインターバルでは足りなかった。
 参謀役の松本好二トレーナーは「試合前の練習で、いつか上がってくるだろうと思いながら最後まで上がらなかった。それでも何とかなるだろうというムードだったが、現実はそんなに甘くなかった」と当時を振り返る。八重樫を下して王者となったペドロ・ゲバラ(メキシコ)がそれほど迫力を感じさせる選手ではなかったことも、ほどよく緊張した雰囲気を作りだせなかった要因だった。
 何より陣営が最大の敗因と分析したのが、ライトフライ級にクラスを落としたこと。世界を見渡しても、クラスを下げてうまくいったケースは少ない。八重樫がもともとミニマム級の選手だったとはいえ、階級を下げたのは失敗だったという見方はうなずけた。
記録もかかるが、それ以上に記憶に残る激戦必至。
 しかし八重樫は今回、あえてライトフライ級での再挑戦を選択した。
「みんな八重樫はライトフライ級では無理だ、と思っていると思う。でも自分はそう思わない。それを証明したい」
 世界タイトルを3度防衛したフライ級ではなく、雪辱を期してのライトフライ級。周囲の反対を押し切ってまでの選択は、今回の一戦にかける八重樫の覚悟を示している。
 王者のメンドサは前に出てくる好戦的なサウスポーだ。八重樫の能力からいえば、フットワークを使うという戦術も十分に考えられるが、松本トレーナーは「高い確率で打ち合いになると思う。あいつは止めてもいく。だからいい状態で打ち合いに入れるようにしたい」と言い切った。メンドサも「八重樫との試合は戦争になる」と日本の激闘王を真っ向から迎え撃つ心意気だ。
 3階級制覇を達成すれば、日本では亀田興毅、井岡一翔に続く3人目の快挙となるが、記憶に残る男、八重樫の試合である。魂を削り合うような壮絶ファイトに記録は霞んでしまうだろう。

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