THE PAGE 2/19(水) 8:05
再起?引退? 練習を本格的に再開している元3階級制覇王者“激闘王“八重樫東にその真意を聞いた
ボクシングの元3階級制覇王者、八重樫東(36、大橋)が、連日、大橋ジムに顔を出して練習を続けている。昨年12月23日にIBF世界フライ級王者、モルティ・ムザラネ(37、南アフリカ)に挑戦したが9回2分54秒TKO負けして、最年長の王座奪回に失敗した。以来、進退についての態度を保留してきたが、八重樫は再始動した。本当に再起なのか?それとも引退なのか? 悩める“激闘王“にその真意を聞いた。
「やる選択肢はないと思うが今はわからない」
午後4時。
大橋ジムに流されるバックミュージックが切り替わった。
まだ誰も練習生が来ていないジムに八重樫が現れた。いつものようにバンテージを巻き、練習用のサプリメントを数種類飲んで、ジムワークが始まった。シャドー、サンドバック、そして、松本好二トレーナーをパートナーにミット打ちまで行うと、最後は、お決まりのフィジカルトレーニングに歯を食いしばった。
「家にいても暇なんで。趣味でやっているだけです」
八重樫は、そう言って笑うが、年明けから再開している、その練習内容は「趣味レベル」のものではなかった。
「これから、どうしたいのか、自分では今はわからないし、何も決まっていません。次に何をしたいか、やれるのかもハッキリとはしないんです。正直、やるという選択肢はないと思うんです。でも、気持ちが変わったときに、動き始めても、もう年齢的にも遅いし間に合わない。今は、まだライセンスは返上していません。やるにしろ、辞めるにしろ、自分の気持ちが決まったときに、その時点で肉体の準備だけはしてあるという状態にしておきたいんです」
八重樫が悩める心境を明かす。
昨年の“クリスマスイブイブ“の日。八重樫は、2017年5月にミラン・メリンド(フィリピン)に1ラウンドTKO負けをしてIBF世界ライトフライ級王座を失って以来、2年7か月ぶりとなる世界戦のリングに立った。相手は歴戦の“日本人キラー“ムザラネである。八重樫は善戦虚しく、9ラウンドにTKO負けを喫した。
映像は何度か見直した。
「悔いが残る」
八重樫は、そう振り返った。
1ラウンドから4ラウンドまで足を使った出入りのボクシングを徹底、「2Dボクシング」でペースを握った。「超接近」してのアッパー、ボディ攻撃を織り交ぜながら、とびつくようなトリッキーなパンチでも翻弄もした。6ラウンドまでジャッジの一者が2ポイント差で八重樫、一者が2ポイント差でムザラネ、一者がドローだった。
だが、本能からか、中盤は打ち合いの展開になってしまい被弾が目立ち始め、7ラウンドには、右ストレートからのワンツースリーのコンビネーションブローを2度、もろに浴びた。実は、その衝撃で、このラウンド、左目に眼窩底骨折を負った。
ジムの後輩のWBA世界バンタム級スーパー、IBF世界同級王者の井上尚弥が、WBSS決勝のノニト・ドネア戦で、その左フックで右目に負わされたケガと同じ。相手が二重に見えるどころか「そこからパンチが見えなくなった」という。
ムザラネの右を避けられなくなった。王者陣営も、八重樫の異変に気付いていた。8ラウンドには、ボディから右ストレートを浴び、防戦一方。もうグロッキー寸前の状態となり大橋秀行会長が試合を止めようとタオルを持った。
「前半はいいペースでボクシングができたんですが、終盤にダメージを負ってからもう自分の距離感でボクシングができなくなった」
9ラウンドに一度は盛り返したが、もう試合をひっくり返す力は残っていなかった。ロープを背負い一方的にパンチを浴び、ダウンはしなかったが、レフェリーはダメージを認め試合を止めた。
試合前、八重樫は、「心を折られて負けたらボクシングをやる意味はない」と語っていた。「12月23日以降の予定は何もいれていない。そこからの人生は白紙」とも言っていた。
だが、アクシンデントに見舞われた、この試合は、心を折られたのではなく、肉体を壊された試合だった。だから八重樫は、試合後、すぐに引退を決断しなかったのかもしれない。
ボクサーとしての火は消えていないのか。
「決してボロボロになるまでボクシングをやろうという気持ちはないんです。引退試合というものをセッティングしてもらって、そこで適当な相手と試合をして、それを最後にするのも違うと思うんです。一度、引退します。と言って、やっぱりやりますと、前言を撤回して帰ってくるのもカッコ悪いじゃないですか。だから、まだ……」
現在は眼窩底骨折も治り視力も戻っているという。
実は、八重樫には、秘めた第二の人生プランがある。これまで何人かの著名なフィジカルトレーナーの指導を受けてきて、八重樫なりに整理したフィジカルトレーニング論があり、またサプリメントについては”博士”なみの知識がある。15年間のプロ生活の中で構築してきたトレーニング理論や自らの実体験を生かして、ボクシング、格闘技に特化したフィジカルトレーナーとして、有望選手と個人契約を結び、将来の世界王者を育成したい、という目標がある。元世界王者がジムの会長やトレーナーとして第二の人生をスタートするケースは少なくないが、八重樫が挑みたいのは異質なトレーナー像だ。
引退を決断して、その第二の人生に進む場合にも自らがトレーニングを続けておかなければ、選手を指導することができない。今、八重樫が、肉体が錆びつかないように練習を続けているのは、その言葉通り、再起するにせよ、引退してボクシング専門の個人フィジカルトレーナーの道へ進むにせよ、来るべき決断の日に備えた準備なのだろう。ムザラネ戦を見る限り、左目の眼窩底骨折のアクシデントがあったとはいえ明らかに反応は悪くなっていたし打たれ弱くなっていた。
長年の勤続疲労である。できれば、もうリングには上がって欲しくないのが、筆者の本音だが、凄まじい努力を続けてきた“心のボクサー“八重樫に向けて、そう軽々しい言葉は伝えられない。
「自分の生き方は自分で決める」のヨネクラジムの伝統を受け継ぐ、大橋会長も、心に秘めた思いは表に出さないでいる。
八重樫は、2015年にタイトルを失ったときは、喪失感と引退に気持ちが大きく傾いたこともあって、約8か月間ジムに顔を出さなかった。しかし、今回は負けた4日後には動いた。
「またすぐジムに来なくなるかもしれませんよ」
八重樫はそう言ってニッコリと笑う。
プロキャリア35戦28勝(16KO)7敗の“激闘王“は果たしてどんな人生の決断を下すのだろうか。
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