2018年3月4日日曜日

解説席

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THE PAGE  2018.03.04 06:00
村田諒太と最後に戦った男・竹迫司登が戦慄の92秒TKOで日本ミドル級新王者

日本ミドル級タイトルマッチが3日、川崎の「カルッツかわさき」で行われ、同級1位の竹迫司登(26、ワールドスポーツ)が王者の西田光(30、川崎新田)を1回1分32秒、右ストレートでキャンバスに沈めてTKO勝利、新王者となった。竹迫は2試合連続の1ラウンドTKO勝利で8戦8勝8KOとなった。

 試合前の控え室。
「痛え!」
 ウォーミングアップのミットを持っていた藤原俊志トレーナーが悲鳴を上げて、手をぶるんぶるんと振った。竹迫のパンチは凄まじくキレていた。
「このパンチを受け続けて10ラウンド持つ奴がいるのかな?」
 誰かが言った。 
 2度目の防衛戦を迎える西田は、26戦して一度もKO負けのないタフガイである。しかも敵地。不安要素はあった。チャンピオンメーカーでもある藤原トレーナーが竹迫に問う。

「リングに上るときはチャレンジャー。下りるときはチャンピオンだぞ?」
 竹迫がうなづく。
「行けると思ったら、後のことを考えずに行け!」
 
 この言葉が、わずか数分後に金言となって竹迫の心に響くとは誰が考えただろう。

「試合開始直前に、レフェリーの注意を聞くときに、相手の目を見たら、にらみつけて目をそらさなかった。これは、相当気合が入っているなと思った。こっちも気合が入った」
 タイトル初挑戦だと言うのに竹迫の手数が軽い。左ジャブが多く出た。
 「左を多く出すというのを課題にしていた」
 西田も負けずに左のジャブ。いわゆる左の差し合いでは西田が勝っていた。
 この先の見当もつかないファーストコンタクトである。
 ただし、あの左のボディブローが炸裂するまでは。
 
 竹迫は西田の目線が左のグローブにあることを見逃さなかった。
 「上のパンチを警戒していたので下は当たると思った」
前試合は、右のストレート一発で1ラウンドTKOしている。西田に、その残像は残ったはずである。
 だが、竹迫陣営が勝負にきたのは、そのパンチではなかったのである。
 突き上げるような右のアッパーからすぐさま左ボディを横殴りに決めた。
  西田の腰がすこしだけ折れた。
  再び同じコンビネーションを仕掛ける。
 捨てパンチの右のアッパーで体が浮いた西田のボディはがら空きだった。そこにまた左のボディブローをめりこませると「うっ」と鈍い声を漏らした西田の体勢が崩れ、よろよろと後ずさりした。
  蘇ったのは藤原トレーナーの言葉。
  臆さない。怒涛のラッシュだ。
 かがんだ西田のテンプルに右ストレートが打ち下ろされると、王者は倒れた。リングのエプロンに頭を出して仰向けになった西田を見るや福地レフェリーはカウントを取らずにTKOを宣言した。
 戦慄のわずか92秒での王者交代劇である。
 しかも、2試合連続の1ラウンドTKO勝利、レコードは8戦8勝8KOとなった。
「狙っていないですよ。あそこで倒れるとは思っていなかった。ただ気持ちで負けへんようにとだけ」

 興奮冷めやらない竹迫がメディアに囲まれていると、「さっきは朦朧として、挨拶もできなかったから」と、元王者の西田がやってきた。
「めちゃくちゃ強かった。これからも頑張ってくれ」
 グッドルーザーである。

 竹迫は、ロンドン五輪金メダリスト、現WBA世界ミドル級王者、村田諒太(32、帝拳)のアマチュア時代、最後の対戦相手である。2012年8月26日、当時、龍谷大の竹迫は、和歌山で行われた国体近畿ブロック予選で、凱旋帰国試合となった村田と対戦した。ファンとマスコミでごったがえす異様な雰囲気の中、竹迫は1ラウンドに2度ダウンをとられ2ラウンド56秒にRSC負けした。プロで言うTKO負けである。

「村田さんの前に立つと何をしていいのかわからなかった。プレッシャーが強く、カウンターも体も強くて、おまけにガードが固いので、どこを打っていいのかもわからないままレフェリーに試合を止められました」

 これまで竹迫がメディアに取り上げられるのは、この村田との因縁だけだった。
 いつも「村田」の枕詞付きである。KO記録を伸ばすにつれ、それは自らのアイデンティティを否定されているように感じた。だから、この日、リング上で、将来の目標を聞かれたとき、あえて「世界」とは言わず「アジアのタイトル」と言った。「世界」と言えば、当然、現王者の村田の名前がまた出てくる。新チャンピオンなりのプライドである。

「いつも記事になるときは、村田さんの方がでかいんで……今日は、竹迫司登をメインでお願いします」

 竹迫は、そう言って笑った。

「上へ上へいきたい。もう今年27歳なんで」

 現在、OPBF東洋太平洋&WBOアジアの2冠王者は、秋山泰幸(38、ワタナベ)である。2試合連続KOの強打者は敬遠されるだろうが、斎田竜也会長は「受けてもらえるように交渉したい」という。

 27歳で日本王者なら、世界王者は何歳で?
 そう尋ねると、竹迫は「28歳」と真顔で言う。
 え? いきなり来年?
「ああ(笑)。来年は世界ランカーですね。世界王者は30歳になるまでにはなりたい」

 世界でも有数のプロモート力を持つ帝拳でさえ、金メダリストの村田が世界王者になるまでに6年、14試合かかった。確かに厳しい世界だが、ワールドスポーツの井上岳志(28)は、Sウェルター級の日本、OPBF東洋太平洋、WBOアジアの3冠を手にして、4月26日に野中悠樹(40、井岡弘樹)とIBFのランキング2位決定戦を戦う。竹迫も「井上さんの3冠に刺激を受けている」というジムメイトが、そこで勝てば世界が見えてくる。敵地に乗り込んでのアンダードッグとしての挑戦になるだろうが、今の時代、決して夢物語ではない。

 解説席に座っていた元世界3階級王者、八重樫東(35、大橋)に竹迫評を聞く。

「初めて見ましたが、パンチがありタイミングもいい。第一印象としていい選手ですね」

 技術解説をすれば抜群の“格闘王”に、さらに詳しく教えてもらうと、「まずパンチの打ち方、形がいいんです。しっかりと打ちますね。トレーナーの指導がいいんでしょうね。それとタイミングは、この試合のすべてだったと言っていい、右のアッパーから左ボディのコンビネーションです。フェイントを入れておいてから、右のアッパーはチョンというタイミングで打っておき、左のボディはゴツンといく。冗談抜きで勉強になりました」という。
 なるほど。西田の戸惑いは、そのタイミングのメリハリにあったのか。
 八重樫にアマチュア時代に竹迫が2回で村田に遊ばれた話をすると驚いていた。

 あの村田にボコられた6年前の竹迫と、ひな祭りに日本王者となった竹迫。その6年の年月は、竹迫の何をどう変えたのだろう。
「そりゃ全然、違います。パンチ力も、テクニックも、そしてボクシングに向かうモチベーションも。だから、アマ時代は最高でも国体2位止まりだったんです」
 6年前の竹迫と今のあなたが対戦したら?
「もちろん。1ラウンドで倒しますよ」

 度胸抜群の竹迫が、実は、試合前、ひとつだけ悩んでいたことがあった。
 いつも噛み噛みで何を喋っているかよくわからないリング上でのインタビューのことである。
 試合後、竹迫が聞いてきた。
 「今日は、どうでしたか?」
 相変わらず何を喋っているのか、よくわからなかったが、ジムのスタッフ、後援者、そして故郷の大阪から来てくれた約120人の応援団に対する感謝の言葉だけは、ちゃんと聞き取れた。
 それでいいんじゃないか。

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