スポーツナビ:2014年9月8日
八重樫がリングで感じたロマゴンの“風”ぎりぎりの緊張感も「面白かった」
リスク覚悟の打ち合いで着実に削られた体力
終わってみれば、“ロマゴン”はやはり強かったという一言に尽きるのだろう。5日に東京・代々木第二体育館で行われた注目のWBC世界フライ級タイトルマッチは、チャンピオンの八重樫東(大橋)が軽量級最強と称された同級1位のローマン・ゴンサレス(ニカラグア)を相手に奮闘したが、9ラウンド2分24秒TKOに散った。無傷のレコードを40戦全勝34KOに伸ばしたゴンサレスは、母国の英雄アレクシス・アルゲリョと並ぶ3階級制覇を達成して、感極まって涙。最後の最後まで果敢に戦った敗者も大きな拍手に包まれた。
3ラウンド途中、回転の速い連打とステップワークで八重樫がリズムに乗りかけた。だが、八重樫がワンツーから左フックを返そうとしたところに、ゴンサレスのコンパクトな左フックが一瞬早くヒット。八重樫がキャンバスに尻餅をつく。そのダウンを境に流れは一気に打ち合いへとなだれ込んだ。八重樫は試合後「打たれたら打ち返すという、根本的な部分でしか勝負できなかった」と振り返っていたが、リスク覚悟で挑んだ打ち合いは、結果として終始、ゴンサレスに分があった。八重樫が何度も打ち返しても、それ以上のゴンサレスの一発一発、芯を打ち抜くようなコンビネーションブローの波が返ってくる。
ゴンサレスもボディを含め、「効いたパンチはたくさんあった」と率直に明かしたが、松本好二トレーナーが「こちらのほうが、だんだん電池がすり減ってきているのがわかった」と言うように、それと引き換えに八重樫は着実に消耗していった。迎えた9ラウンド、八重樫は何度も追い込まれながら、そのたびに踏ん張って食い下がったが、ゴンサレスの連打に煽られて体を泳がせると、最後の左フックで力なくコーナーに沈んだ。八重樫は試合続行を希望したが、カナダのマイケル・グリフィン主審が許さなかった。
1R終了時点で「足は使い切れない」
八重樫は1回、ゴンサレスの圧力と3分間向き合った皮膚感覚から打ち合いを選択した
足を使うのか、打ち合うのか……。試合までの数カ月間、松本トレーナーといくつもの対策を練ってきた上でゴンサレスとどう戦うか。
「リングに立って、向かい合って。そのときの風を感じて決めようと思う」
それが、公開練習時の八重樫の言葉だった。リングサイドで試合を見届けた大学の先輩でもあるWBA世界スーパーフェザー級王者の内山高志(ワタナベ)は試合後「1ラウンドはうまく足を使えていた。あれで中盤まで行って、イライラさせれば良かったのではないか」と振り返った。
では八重樫はどんな“風”を感じたのか。松本トレーナーによると1ラウンドを終え、コーナーに戻った八重樫は「足は使い切れない」と漏らしたという。八重樫の直感を信じようと考えていた松本トレーナーも内山と同じように、このままスピードを生かせばと感じたというが、ゴンサレスの圧力と3分間、向き合った八重樫の皮膚感覚は「この展開は絶対に続けられない」だった。その時点で八重樫の心はすでに打ち合いに傾いていたのだ。
野性味といより質の高い超一流の技術
「確かにハードパンチャーではあるけど、ボクシングのひとつひとつが繊細で、技術が超一流と感じた」とゴンサレスの強さを振り返った八重樫
“怪物”とも呼ばれるゴンサレスだが「半暴力的な、野性味のある感じではないし、そういう化け物じみた強さじゃなくて、緻密なクオリティの高いボクシングをしてくる」と八重樫は言う。特に舌を巻かされたのが、ゴンサレスの相手を下がらせる技術だという。パンチの継ぎ目がほとんどない細かい連打。それで体を浮かされたところにアッパーなど、強いパンチを打ち込んでくる。そのパンチの緩急、軌道、角度。中でも印象的だったと八重樫と松本トレーナーが口を揃えたのが、時折、差し込まれるボディへのストレートだった。
距離の長いパンチで体をストップされ、そこにまた細かい連打が飛んでくる。理詰めの攻めをより機能させるのがパンチ力であることは間違いないが、それ以上に「確かにハードパンチャーではあるけど、ボクシングのひとつひとつが繊細で、技術が超一流と感じた」と八重樫は振り返る。足を使って距離を取れば、逆にその間合いを利用されて、圧力が増す。距離をつぶすしかないと判断したのはそのためだった。
八重樫とロマゴンではフィジカルの差はあったが…
フィジカルトレーニングで計画的にフライ級の体をつくり上げた八重樫とナチュラルに体重を上げてきたゴンサレス。フィジカルでは八重樫が上回っていたが…
ゴンサレスが不安視されたのが小柄な体だった。フライ級でもそのパワーは通用するのか。両者ともにミニマム級から体重を上げてきており、予備検診で明らかにされた数値上、ほとんど差は見られなかった。だが、両者の肉体の質の違いもまた明らかだった。フィジカルトレーニングで計画的にフライ級の体をつくり上げた八重樫とナチュラルに体重を上げてきたゴンサレス。八重樫のフィジカルトレーニングを担当する土居進トレーナーが「もし僕がゴンサレスの体を鍛えたら真の怪物にする自信がある」と言っていたくらいフィジカルの専門家の目から見ても未開発だったのだ。
とはいえ、そのパワーを最大限想定し、圧力に押し負けないように特に体の後ろ側の筋肉を鍛え、また、パンチに耐えられるように首回りの僧帽筋を徹底的に鍛えた。土居トレーナーの狙いは「ある程度の被弾に耐えることで焦りを誘い、パンチを強く振らせるなどしてスタミナをロスさせること」だった。打ち合いに耐えられたのは、ひとつにはこの成果があったかもしれないが、ペースをかき乱すまでには至らなかった。
大学の先輩・内山も称賛「大した奴ですよ」
一瞬でも迷えば、その隙を執拗な連打が突いてくる緊張感のある戦いを八重樫は「やっていて面白かった」と振り返った
「僕がロマゴンより優れているのはハートの部分だけ。フィジカルで負けて、パンチで負けて、スピードで負けても、気持ちが折れない限りは絶対にあきらめない」
試合の何カ月も前から八重樫が口にしてきた言葉だが、最後まで貫き通したのがこのハートの強さだった。「八重樫に度胸があるからこそ、一か八かの打ち合いができた。これはすごいこと」と松本トレーナー。「あの相手にあそこまで打ち合うことは、思っていてもできない。大した奴ですよ」と内山。八重樫を良く知る2人も、あらためて称賛を惜しまなかった。
一瞬でも迷えば、その隙をゴンサレスの執拗な連打が突いてくる。
「1ラウンド、1ラウンドが勝負だと思って必死でした。ゴングが鳴ったら、やっと終わったなと。採点なんか気にしなかったですよ」
ぎりぎりの緊張感の中、「でも、やってて面白かった」と八重樫は言う。ラウンドを追うごとに目の周囲は腫れ上がり、6ラウンドには「右ストレートが耳に当たって、左耳の鼓膜が破れた」が、ゴンサレスにも心だけは最後まで折らせなかった。
「意識がある限り試合は続けるし、止められたことが悔しかった。惨敗なんで言い訳はしないし、仕方がないですけど、まだできた気はします」
いつもと変わらない防衛戦「プロなら勝たないと…」
「言い訳はしないけど意識がある限り試合は続けるし、止められたことが悔しかった」と最後の最後まで心は折れなかった
試合後、八重樫は冷静に結果を受け止めていた。
「負けたら意味がないですよ。戦ったから偉いとか、戦わなかったからダメだとかじゃなくて、僕らプロは勝たないと何にもならないので」
試合が近づくにつれ、特に印象的だったのが八重樫の落ち着きぶりだった。
「相手がビッグネームとはいえ、こちらがやることは一緒。試合までの時間が長かったので、いろんなことを考えましたけど、行き着いたのはいつもと一緒なんだなということ」
周囲が色めき立つビッグマッチを前に、通常の防衛戦とほとんど変わらない精神状態を作り上げられたことは、何よりすごいと感じたが、八重樫に一蹴された。
「今までも、フタを開けてみなければわからない試合ばかりだったし、自信を持って戦った経験はない。だから、今回もそんな感じですかね」
プロボクサーとしての信念でもあるだろう。いつものように相手を選ばず勝負し、結果、勝った相手が強かった。本人の中ではそれ以上でも以下でもないのだろう。だが、周囲の評価は、試合直後の会場に鳴り止むことがなかった万雷の拍手、ジムに殺到したという激励の電話、八重樫の公式ブログに書き込まれた膨大なコメントの数に表われている。
「今後のボクシング人生に生かしたい」
一夜明け会見では両まぶたを腫らしながらも「今後のボクシング人生に生かしたい」と前向きなコメントを残した
そして、「今まで戦った中で、八重樫は一番強かったか」という問いに対し、「Primera!(一番強かった)」と答えたときのゴンサレスの心からの実感が、その表情から通訳を介するまでもなく伝わってきたと、信頼するボクシング取材歴十数年のライターが教えてくれた。
「何事も失敗とか挫折とか、それを経験として、まだあるかもしれない今後のボクシング人生に生かせれば、それに越したことはない。何回も負けてるんで僕は、無敗とは違うんで。全然関係ないですよ」
試合後の控え室でそう話した八重樫は、一夜明けたジムでこう話した。
「(目の)腫れが引けば、練習はぼちぼちやるつもり。まだどこに向かうのかはわからないですけど、方向性が決まれば気持ちがつくれると思うので。自分としては今回のような、みんながワクワクするようなカードになれば。そういうスタンスでいます」
八重樫の戦いには、まだ続きがある。

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